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甘ったれクリーチャー  [作者:直十]

■17

  小屋から出てきた奴を見たとき、一瞬目を疑った。何故なら、魔神のはずなのに一瞬聖人のように見えたからだ。
  イシュはゾルヴァの顔を見るのは初めてだった。それに、ゾルヴァは元々端整な顔をしている。
  そんなゾルヴァが口元に小さな笑みをたたえて穏やかな目をしていたら、ぱっと見そんなふうにも見えるのだろう。
  だけど敵に対して一瞬でもそんなことを思ってしまったことを酷く恥じ、イシュはゾルヴァの登場に固くなる兵たちを手を振って抑えた。
  ゾルヴァは、冷血非道、人間を笑って虐殺する化け物だ。イシュはゾルヴァと会ったことはないが、それに間違いはない。
  千年前の記録だってそうだし、先日の虐殺もそれを顕著に表わすものだった。
  それなのに何故――何故あんな顔をするのだろう。人間の敵である魔物が、何故、あんなふうに笑うのだろう。
  だが、惑いは一瞬だった。手足をほぐすように体を動かしていたゾルヴァが、ふとこちらを見る。
「いつまで隠れているつもりだ?」
  その瞬間その唇は酷薄な笑みに歪み、目に残虐な喜悦の光が灯る。
  ゾルヴァの周りに吹いていた涼やかな風が一瞬で腐敗したようなその笑みに、首筋の毛がそそけたった。
「う……撃てっ!」
  止める間もなく、部隊長が叫んだ。だがそれも仕方がないことだ。
  あの本能的な恐怖を引きずり出す笑みを向けられて、発砲しないでいろというのは酷だ。イシュでさえ、手に銃を持っていたら迷いなく発砲するだろう。
  息をひそめゾルヴァに向けて退魔銃を構えていた兵たちが、それを合図に一斉に発砲する。
  数十発の弾がゾルヴァを襲うが、ゾルヴァはそれを地に伏せてあっさりと避けた。そして驚異的な脚力で地を蹴りこちらに向かってくる、が、
  すでに発砲した部下たちは退魔銃を放り投げて逃走を開始していた。
  初めからそういう手はずになっている。兵たちの発砲は威嚇射撃に過ぎず、退魔銃にも弾は一発しか込められていない。
  イシュは一発撃ったらとにかく逃げろ、と命じている。
  そうしてイシュ一人がゾルヴァを迎え撃つため、立ち上がる。イシュの武器は腰に下げた魔剣のみ。
  しかしイシュには幼少のころから鍛え上げてきた、高度な魔術と武術がある。
  ゾルヴァが目の前に飛び込んでくる。ゾルヴァは一人立つイシュに小さく怪訝な表情を浮かべた。
「はじめまして、かな? ゾルヴァ」
  だからイシュは、不用意に間合いに飛び込んでくるゾルヴァに、小さく笑んだ。
「会って早々悪いんだが」
  剣の柄に手をかける。何よりも頼もしい重みが手の中にある。この重みがあれば、きっと大丈夫だ。
「死んでくれ」
  そして抜き放たれたイシュの剣がゾルヴァの体を捉え、決戦が開始する。



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