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甘ったれクリーチャー  [作者:直十]

■29

  イシュが去った後、リリは墓の前にしゃがんで長いこと目を閉じて手を合わせていた。
  リリは幼いながらも、ゾルヴァと過ごした日々を鮮明に覚えている。ゾルヴァが少しでも笑ってくれるだけで嬉しいと感じた、
  当時の無邪気な感情も。だから偶然出会った少しだけ奇異な姿の「おともだち」が、魔族だったなんて信じられなかった。
  ゾルヴァは優しかったし、いつでも穏やかな笑みを浮かべていたから、かつて何万人という規模で人間を殺し、
  復活した後も数十人の兵を虐殺したなんて、信じられないを通り越して現実味がなかった。
  でもだからこそ――ゾルヴァは嬉しかったのではないかと、リリは思っている。ゾルヴァが魔族であることを知らないという、無知。
  でもそれが、ゾルヴァが忌諱すべき魔族であるいう大前提を取り払って接したリリが、きっとゾルヴァの、ほんの少しの救いになったのだ。
  リリはただそれが、とても嬉しい。
  リリはそっと目を開け、立ち上がる。この小さな墓の下には、ゾルヴァが眠っている。ゾルヴァの優しい笑みを浮かべた姿を思い出し、リリは思う。
  人間を敵視し虐殺の限りを尽していたゾルヴァが、人間であるリリにあんなにも優しく接してくれた事実。
  リリはその矛盾に、思うのだ。ゾルヴァは本当は、甘えたかったのではないかと。
  ゾルヴァ自身、自覚していたかどうかは知れない。だけど幼いリリがゾルヴァに甘えていたようなあの日々は、
  その実ゾルヴァがリリに甘えていたのだ。ずっと人間に否定され続けていたゾルヴァは、やっと自分を受け入れてくれた人間――
  リリに、じゃれつき、甘えていたのだと。
「……ねえ、ママ」
  ふいに黙って見ていただけのルリが、リリの手に触れてきた。
「ここって、だれのおはか?」
  そう問われて初めて、そういえばルリにゾルヴァのことは全く話していないことに気づいた。ゾルヴァのことは大切に心の中に秘めていて、
  実の娘にも話してあげていなかった。そういえばルリは、もうすぐリリがゾルヴァと出会った年頃になる。
  だから、話してあげようと思った。
「……そうね。ここにいるのは、ママの大切な大切な……」
  それから少しおどけて、言ってみる。
「甘えん坊よ」
  きょとんとするルリに、リリは笑ってみせる。話してあげようと思う。どれだけ時間をかけてでも、幼い自分にやってきた、
  あの不思議でそれでも優しい出会いを。
「そろそろ、帰ろっか」
「……うんっ!」
  手を差し出すと、ルリは無邪気な笑顔で手を握ってくる。
  この子にも、あんな出会いがやってくるのだろうか。相手が魔族という突飛な出会いこそないかもしれないが、それでも今の自分のように、
  大人になっても大切に胸の内にしまっていたいほどの、出会いが。
  きっとやってくるのだろう。この子だけではない、世界中のどんな子供にも。そして学ぶのだろう。大切な人と過ごす時間の愛しさを。
  それはたとえ失ってしまったとしても、胸の中でキラキラと輝いているということを。

  リリはルリの手を引き、歩いていく。その胸に、いつまでも消えることのない優しい思い出を抱きながら。


-----あとがき-----

自身ほぼ一年半ぶりのアクションでした。ものすっごく楽しかったです……!!
ゾルヴァとイシュの戦いは一晩で一気に書き上げました。だって楽しかったんだもの……!

甘ったれクリーチャーは私の中では映画CASSHERNの新造人間(わかる人いるかな?)をイメージしていた曲だったんですよね。
曲名の通りクリーチャーっていうか人外が、人間を拒絶しても内心では甘えたいような心情に思えて仕方がなかった。それをうまーく表現できたらいいなと思います。

アクションが入ったせいか、今までの小説の中では一番長くなってしまいました……;
好き勝手やったので曲からは少し離れてしまった感じはありますが、熱は一番こもってます。
ここまでお付き合いしてくれた方には真剣と書いてマジと読むほど感謝です! ありがとうございました!

↓目次

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