甘ったれクリーチャー [作者:直十]
■6
「まじんさん、あのね、リリはね、リリっていうの」
その拙い言葉に、思わず笑ってしまう。名乗る前に、自分の名前を言ってしまっているではないか。
「……そうか。リリか」
「うん! そう、リリっていうの!」
ゾルヴァが笑ったことで安心したのか、リリはつぶらな瞳を細めて笑う。
「まじんさんは、どこから来たの?」
「お城、かな」
無邪気な問いに、少し迷ってそう答える。それが一番妥当な答えだと思った。だけどその答えに、リリは目を輝かせた。
「えー! お城!? お城からきたの!? すごーい!」
興奮してゾルヴァのコートを握り締めてくるリリに、苦笑する。
「じゃあお城がおうちなの? リリね、お城に行きたかったの! 連れてって!」
「……残念ながら、俺はもう城には行けないよ」
「え……、どうして? おいだされちゃったの? だからかえれないの?」
「……違うよ。とにかく、行けないんだ」
追い出されたというか、どちらかというと自分から抜け出してきたのだから、家出に近いだろうか。
そんなことを考えて、また自嘲の笑みを浮かべる。
俺は本当に、何をやっているんだ。傷はほとんど癒えた。体力も回復している。
“敵”に見つかる前にもっと遠くへ逃げなければならないのに、何をこんなところでもたもたしている?
「まじんさん、おなかすいた?」
「え……」
「リリね、すごくいいところしってるの。まじんさんだけに、教えてあげる!」
リリはその小さな両手でゾルヴァの手をつかみ、ぐいぐい引っ張ってくる。
ゾルヴァはそれに促されるままに立ち上がり、リリに手を引かれて小屋を出た。
その瞬間、唐突に飛び込んできた光に、目を眩ませる。眩しい。
昨夜あんなに暗かった森が、今は光に満ちていた。
木々の間からこぼれた木漏れ日が、草や苔が覆い茂った緑の地面に不規則な模様をつける。
頭上からは鳥たちのさえずりが絶え間なく降ってくる。
木々を見上げると木漏れ日が網膜を焼き、それはどこか深海から空を見上げているような感覚に似ていた。
ここは、緑の海。
「おい……」
ゾルヴァの手を引きつつ、リリは森の中のけもの道を行く。
「あのね、リリだけがしってるところなの。おとうさんもおかあさんもしらないの。リリだけなの!」
自分だけの宝石を見せびらかすような言葉を何度も言いながら、リリはゾルヴァの手を引いてどんどん森の奥へ入っていく。
確かにこんなに森の奥に入れば、誰にも知られることはないだろう。
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