甘ったれクリーチャー [作者:直十]
■12
「まじんさんのかみ、きれいだよね」
「……え」
食べかすを口の周りにたくさんつけたリリにそう言われて、ゾルヴァは少しの間キョトンとしてしまった。
二人はしっかりと敷いた花柄のシートの上で、リリが持ってきた朝ごはんを食べていた。
バスケットから引っ張り出したのは、サンドイッチにスコーン、生野菜のサラダに新鮮なフルーツ、それにスコーンにつけるジャムやバター、
冷たいお茶まで。それらすべてが今までに食べたことがないほどに美味で、ゾルヴァは二人分にしては少々多めのそれをぺろりと平らげてしまった。
そしてリリに髪が綺麗だといわれたのは、食後のお茶を楽しんでいる時だった。
「だって、まじんさんのかみ、ながいのにさらさらしててすごくきれいなんだもん。だからね、リリまじんさんにプレゼントもってきたの!」
そう言ってリリがバスケットから取り出したのは、大きな櫛と、真っ赤なリボンだった。
「……はあ?」
思わず気のない声が漏れていた。その真っ赤なリボンはゾルヴァに全く似つかわしくなく、むしろゾルヴァと結びつけることすら困難なものだ。
ゾルヴァには赤いリボンより、紅い血が似合う。
「リリね、ママにかみのゆいかたならってきたの! だからね、まじんさんのかみむすばせてよ!」
だがそんなゾルヴァの困惑も露知らず、リリは櫛を手にきゃっきゃとゾルヴァの髪に触れる。そんなリリに抵抗するわけにもいかず、
ゾルヴァは観念してリリのするに任せた。目を閉じて小さくため息を落とす。
「わあ、すごいさらさらー。きれいー」
「……ありがとう」
そんなことを褒められても素直に喜べない。髪を褒められたことなど生まれて初めてで、どう反応すればいいのかもよくわからない。
とりあえず、語尾に疑問符がつきそうな礼は言っておいた。
ゾルヴァの長い髪に、丁寧に櫛が通される。幼い割には上手い手つきだ。リリは案外こういうことに向いているのかもしれない。
しばらくして髪を梳かし終えたらしく櫛を置く気配があり、リリの小さな手が髪をかきわけて首筋に差し込まれてきた。
リリの小さな手では量のある髪を纏めるのは困難に思えたが、これに関してはゾルヴァが手を出すこともできず、
リリが苦戦している気配を背で感じる。ゾルヴァは今まで髪をいじったことなど全くないのだ。
だが、しばらくして何とか髪を纏めることができたらしく、しゅるりと髪にリボンが巻きついた。うなじに感じる滑らかな布の感触に、
少しだけ新鮮さを感じる。うなじのあたりがすーすーした。
「できた!」
予想していたよりもずっと早く、リリが歓喜の声をあげた。一応ありがとう、と口にしながら壊れないようにそっと首の後ろに手をやる。
髪は綺麗に束ねられ、うなじで一つに結ってあった。リボンはどうやら蝶々結びにされているらしく、手に触れるリボンの感触が優しい。
「はい! まじんさん、かわいくなったよ!」
バスケットから引っ張り出したらしく、リリは大きめの鏡をゾルヴァに差し出した。そこに映っていたのは、少し困ったような、
或いは照れたような自分の顔だった。自分の顔なんて滅多に見ないから、少しの違和感がある。
少し首を傾いでみると、首の後ろで真っ赤なリボンが揺れているのが見えた。冗談みたいに全く似合ってない。
反射的に頬が引きつりそうになるが、嬉しそうに笑っているリリを前にしてそうするわけにもいかず、
鏡に映ったゾルヴァは少々歪な笑みを作った。
「まじんさん、きれい。お嫁さんみたい」
悪意どころか善意で言ったのだろうその台詞に、だけどゾルヴァはさらに微妙な表情をした。
赤いリボンをプレゼントすることといい、もしかしたらリリはゾルヴァを女と勘違いしているのかもしれない。
でも初めて会った時「おにいちゃん」と声をかけられたことから、それはないはずだが。
ふと、リリはそのくりくりとした目をこすって欠伸をした。欠伸の涙が溜まった、だけど半開きの目をまたこする。
「眠いのか?」
「うん……」
腹が満たされたら眠くなってしまったのだろう。その幼い故の姿に、知らず口元が綻ぶ。
「眠ってもいいぞ。俺が見ててやる」
暖かくなってきた今、外で眠っても風邪をひくことはないだろう。
リリはまた欠伸を一つ洩らすと、ころんとシートの上に横になった。ゾルヴァの膝を枕にして。
驚いて反射的に膝を引こうとするのをこらえた。基本的にゾルヴァは人に触れられることに慣れていない。
見れば、すでにリリは心地よさそうに小さく寝息を立てている。
仕方ない、とゾルヴァは小さくため息をついた。これではリリが起きるまで全く動けないが、たまにはこうして人間の寝顔を眺めるのもいい。
「いや……」
ゾルヴァは小さく笑みをこぼして、眠るリリの髪を撫でる。可愛らしい幼子の穏やかな寝顔は愛らしく、触れた髪はさらさらとして指に心地よい。
「人間でも、幼子でもない……。リリだから、俺はこんなにも――」
愛しさを感じるのか。
自分なんかよりもリリの方が綺麗な髪をしているじゃないか、とそんなことを思いながら、ゾルヴァは天を見上げる。
木漏れ日が目を焼き、ゾルヴァは眩しさに目を細める。何とも心地よい朝だった。
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