甘ったれクリーチャー [作者:直十]
■18
ゾルヴァの体は小屋の前の開けた空間に弾き返され、地を転がる。弾き返された反動を利用して跳ね起きたが、予想していた追撃はなかった。
ゾルヴァを跳ね返したイシュは、剣を手にゆっくりと茂みから出てくる。その手にした剣からしたりしたりと零れ落ちるのは、黒いオイルのような血。
「完璧に捉えたと思った剣を、あのとっさの瞬間にかわすか。やはり侮れないな、ゾルヴァ」
かけられた賞賛の言葉に、だがゾルヴァは頬に脂汗を一筋浮かべて、苦々しく笑む。
ゾルヴァの右腕、肘の少し上のあたりに、深い裂傷が刻まれていた。さっきの交錯で、かわしきれなかった傷だ。
とっさに手の平に展開した防御の術で受け流そうとしたが、深く入り過ぎていた間合いでは完全にかわすことは不可能だった。
自分に向かってくるのは雑魚だけだと驕り高ぶり、不用意に踏み込んだ代償だ。裂傷による鋭い痛みが、ゾルヴァを苛む。
「……お前、退魔師、か? 俺に傷をつけるなんて大した腕じゃないか」
皮肉に歪めた言葉を投げかけ、立ち上がる。対峙する黒ずくめのゾルヴァと、純白の軍服を纏うイシュ。
黒と白の対比がまるで両者の隔絶を表しているようだった。
「そういえば、自己紹介がまだだったな。俺の名は、イシュ。イシュ・フランベルト。お前を殺す国家直属魔術師だ」
その名を聞いて、ゾルヴァはようやく得心がいったというふうに頷く。
「なるほど……そうか。フランベルトか。どこかで見た顔だと思うわけだ。千年前に俺を封印したご先祖様とそっくりだな」
「その言葉、褒め言葉と受け取っておこう」
実際、イシュはゾルヴァを封印した退魔師バルと瓜二つだった。バルがその当時四十代で、今のイシュは二十代という違いこそあるが、
イシュがこのまま四十代になれば、ゾルヴァの遠い記憶にあるバルそのものの顔になるだろう。
千年も経って自分を封印した忌々しい顔を見せられるとは、さすがのゾルヴァも予想だにしなかったが。
「丁度いいさ。あの野郎俺の封印と同時に死んじまったんだろう? せっかくこの俺が細切れにして殺してやろうと思ったのに、
先に逝っちまうなんて悲しいもんじゃないか。だから――イシュと言ったか? お前が代わりだ。俺を封印した奴の代わりに、俺に殺されるといい」
「断る」
つれない返事にゾルヴァは肩を竦め、
「ま、お前の意思なんて関係ないがな」
「それはこちらも同じだ」
それ以上は互いに何も言わず。初めて出会ったはずの二人は、それが当然の如く――殺戮を開始した。
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