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甘ったれクリーチャー  [作者:直十]

■3

  城の中は、散々たる状況だった。
  ゾルヴァと対峙したほとんど全ての兵は体のどこかしらを失い絶命していて、石畳には血や臓物や脳髄が飛び散っていた。
  生き残った兵はおっかなびっくり死体を運び、そこかしこでは悲しみの声が上がる。
  そんな凄惨な状況の中、一人の男が血まみれの石畳に足を踏み入れた。
  二十代後半ほどの、精悍な顔立ちをした男だった。純粋な色の金髪碧眼を持ち、純白の軍服を着ている。

「なんてことだ……」

  足元に広がる血だまりを見て、男は悲しげな顔をする。

「ヴィデ……シュベルチ……レオ……。せめて、安らかに……」

  ここで死んだ三人の兵の名を呟き、男は手を組み神に祈った。

「イシュ様!」

  ふいに祈る男に一人の兵が駆け寄る。イシュと呼ばれた男はなんだ、と兵に振り返った。

「ゾルヴァの封印、やはり破られていました。外から解かれたのではなく、内から力ずくで破ったようです」

  兵の報告に、イシュは思案げに眉根を寄せる。

「……そうか。裏切り者がいなかっただけまだマシか……」

「しかし、封印を内から破るなんて……そんな非常識なことが……」

「千年も経ってるんだ。封印が緩んでいても不思議じゃない。
これはゾルヴァの力を侮っていた俺の責任だ。もっと封印を強化しておけばよかったんだ」

  ふとイシュは赤い血だまりの中に黒い染みを見つけ、膝をつく。

「これは?」

「おそらく、ゾルヴァの血でしょう。触れてはいけません。呪われてしまいます」

  魔族の黒い血に触れると呪われる。それは千年前、魔族がこの地にはびこっていたころ、 人間の間で囁かれていたことだ。
  だけどそれはただの迷信だということはすでに確認されている。
  それなのに千年経った今でも真顔でそんなことを言う兵が、少し可笑しかった。

「……呪われる、ね」

  イシュは薄く笑い、黒い血に触れた。後ろで兵が驚く気配がしたが、イシュは気にしない。
  黒い血はオイルのように粘着質で、白手袋をしたイシュの指に絡まった。

「ゾルヴァの討滅部隊を結成するぞ。明朝までに結成、それからゾルヴァの捜索に入る」

「え、討滅……ですか?」

  イシュは立ち上がり、汚れた手袋を外しポケットに突っ込んだ。

「ああ。討滅だ。俺は先祖様と同じ封印術しか使えない。同じ封印じゃまた同じように破られる。だから討滅する。
千年に渡る魔族狩りの歴史に、終止符を打つときだ」

  そうしてイシュは、ゾルヴァを封印した魔術師バル・フランベルトの子孫、イシュ・フランベルトは、国家直属魔術師の軍服を翻し、歩き出した。



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