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甘ったれクリーチャー  [作者:直十]

■13

「――あ、まじんさん、おはよ」
  ぱち、と目を開くとリリの顔が飛び込んできた。その後ろは木漏れ日を落とす木々で、リリの顔は上下逆。
  慌てて起き上がり振り返ると、リリがきょとんとした顔でゾルヴァを見ていた。どうやら眠っていたらしい。
  いつ眠ってしまったのか記憶にない。どうやら眠る前とは逆にゾルヴァがリリの膝枕をしていたらしい。その記憶もなかった。
  眠っている時に触れられればそれが誰であれ飛び起きていたはずなのに、よほど安心して眠ってしまっていたのか。
  追われている立場だというのに暢気なものだと苦笑する。
「まじんさん、どうしたの?」
「あ、いや、なんでもない」
  見上げると、すでに日は昇り切り、傾きはじめていた。ずいぶん眠っていたらしい。
「すまないな。重かっただろ?」
  乗せていたのは頭だけとは言っても、頭部の重さは数キロあったはずだ。小さなリリにとってはさぞ重かっただろうに。
「ううん、いいの。まじんさんのねがお、おもしろかったし」
  思わず、顔に手をやってしまう。面白かった、とはどんな顔だったのだろう。つい口元に涎の跡がないか確かめてしまう。
「……あ、リリ、そろそろかえらなくちゃ」
  おもむろに空を見上げたリリは、とても残念そうに言った。暗くなるにはまだまだ早い、が昨日もこのぐらいの時間に帰っていた。
  親の躾が行き届いているんだろう。
「そうか。……ああ、そうだ。リリ」
「なあに?」
  リリは愛らしく首を傾げる。その仕草に思わず笑みがこぼれるが、胸には一抹の寂しさがあった。
「明日は、ここに来ちゃいけないよ」
「え……。な、なんで?」
  リリは眉尻を下げて悲しそうな顔をする。その中にはもしかしたら嫌われてしまったのかもしれないという不安も読み取れて、
  ゾルヴァは寂しさの中に温かな火が灯るような感覚を覚えた。
「明日は、少し用事があるんだ。だから、ここに来ても遊んでやれない。その分、明後日たくさん遊んであげるから。な」
  リリはほっとしたような表情をのぞかせて、それから遊んでくれない怒りが立ったのか、ぷうと頬を膨らませる。
「そう怒らないでくれよ。それに明日の用事が終わったら、それからはずっと一緒にいてやれるから」
「ほんと!?」
  かと思えば、ぱっと輝かんばかりの笑顔を見せる。ころころと表情を変える様は好ましい。
「ああ、本当だ。嘘はつかない」
  ……本当は嘘になるかどうかは微妙なところなのだが、リリを安心させるためにも、それに何より自分自身への気付けのためにも、
  このぐらい言っておいた方がいい。リリに嘘をつくのだけは嫌だから。
「うん、わかった。じゃあ、あさって、またあそんでね」
  にこっとリリが笑む。この笑顔だけは、壊したくなかった。
  それから二人で仲良くシートを畳み、リリはずいぶんと軽くなったバスケットを手に、何度も手を振りながら帰っていった。
  ゾルヴァもそれを見えなくなるまで見送り、そして思う。
  おそらく、これが限界だ。否、今日見つからなかっただけでも奇跡だろう。だから昨日は昨日のうちに逃げようと思っていたのだ。
  だけどもう、今のゾルヴァに逃げるという選択肢はない。
 ゾルヴァ一人を殺すために、いまや軍どころか国そのものが動いているだろう。
  自分の足跡や血痕等の手掛かりには気づかれない術をかけたが、どうごまかせても明日には見つかるだろう。
 だから、明日。明日、決着をつける。千年続く魔族狩りの歴史に終止符を、などと大層なことは思っていない。
  これはただ、リリと一緒にいたいゾルヴァの、酷く身勝手な我儘だ。それをゾルヴァはよく分かっている。分かっていても、ゾルヴァは戦うのだ。
  明後日――またリリと出会うために。
 穏やかな心地で、目を閉じる。瞼の裏にはリリの無邪気な笑顔が浮かんで、それさえあれば、大丈夫だと思えた。



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