甘ったれクリーチャー [作者:直十]
■2
昔、この世界には魔族がいた。
その数はほとんど人間と同じぐらいで、高い知性も持ち合わせていた。
彼らは人間のように狡猾に、あるいは獣のように純粋に人間と共存していた。
だが千年前の大規模な魔族狩りにより、そのほとんどが絶滅した。魔族狩りの発端は人口の爆発的な増加と、退魔魔法の発達とされている。
魔族たちは退魔魔法の前になす術なく追い詰められ、次々と殺されていった。だが、全ての物事には例外というものがあった。
魔族の中でも異端中の異端、ほとんど神に近い力を持つ魔神・ゾルヴァだけは、どんな手段を以ってしても狩られなかった。
追い詰められてもありとあらゆる手段で抜け出し、捕まってもその場にいた全員を殺害して逃げた。
世界の全ての魔族が滅びても、自分が最後の魔族となっても、ゾルヴァは逃げ続けた。
やがて、逃げ続けると同時に同胞を殺し続けるゾルヴァを倒すため、一人の人間が立ち上がった。
退魔魔法に特化した魔術師、退魔師の血を引く貴族、バル・フランベルト氏。
彼はゾルヴァとの決戦の末、自分の命と引き換えにゾルヴァを永久封印した。
ゾルヴァはそれ以来、城の地下でずっと眠り続けた。退魔師のいない、平和な世になるのを待ちながら。
そして千年のときを経て、ゾルヴァは再び地上に降り立った。
口に笑みを浮かべながら。
城は、笑い声と篝火と蹂躙で満ちていた。
自分を捕まえようと駆けつける兵を、ゾルヴァは片っ端から蹂躙した。千年前と同じだ。自分を殺そうとするものは、殺す。
もう何人目かもわからない兵の頭を握り潰したゾルヴァは、あまりのあっけなさにくすくすと笑った。
その黒ずくめの姿や長い銀色の髪は、少しも血を浴びていない。人間の脆弱な血を浴びるなど、ゾルヴァには耐えられないことだ。
ふいにまたバタバタと足音が近づき、銃を持った兵が現れた。その先程と全く同じ展開に、ゾルヴァは呆れのため息をついた。
「おおい? 学習してんのか人間? そんなんで俺を――」
「撃て!」
ゾルヴァの言葉を遮って隊長らしき兵の号令がかかり、一斉に弾が撃ち出される。ゾルヴァは一つ舌打ちし、弾に手の平を向ける。
だがその方法でいくつも止められてきた弾は、今度は止まらずゾルヴァの体に突き刺さった。
胸に一発、腹に三発、それから手の平に一発の弾丸がめり込む。
「ああ゛っ!?」
血を吐きながら、ゾルヴァは驚愕の声をあげた。あまりの痛みに思わず膝をつく。
見開いた目の端に、ゾルヴァは自分を傷つけた銃を見た。
それは普通の銃とは違っていた。銃身のほとんど全てに文字が掘り込まれ、バレルが通常のものより太いその銃を、ゾルヴァは知っている。
「……退魔銃!?」
それは千年前の魔族狩りに使われたものだ。退魔の呪文を銃身に掘り込むことにより、銃そのものを退魔の武器にする、魔族の天敵。
異端であるゾルヴァも、魔族は魔族だ。それは十分に効く。
銃口は、再びゾルヴァに向けられる。
「……ちぃっ!」
ゾルヴァは舌打ちと共に石畳を強く蹴り、襲いかかってきた弾を避ける。これ以上喰らったらやばい。
ゾルヴァは兵たちに背を向け、駆けた。とにかく走ることに集中し全力で駆ける。足に弾を受けなくてよかった。
走るゾルヴァの横を弾が駆け抜ける。だが当たることはない。行ける。
ゾルヴァは二歩で城壁を駆け登り、向こう側に飛び降りた。城壁の外は深い森。その中にゾルヴァは逃げ込み、逃亡した。
弾はもう追ってこなかった。
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