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甘ったれクリーチャー  [作者:直十]

■1

  城の上空に、月はない。
  新月。闇がその大きな城を包んでいた。
  ふいに、闇の沈黙を破るような警報が城中に響き渡った。そのやかましさは、どこか断末魔に似ている。

「……なんだあ?」

  うつらうつらと船を漕いでいた警備の兵は、その音に驚き城を見上げる。警報を発し続ける巨大な城は、まるで威嚇しうずくまる化け物に見えた。

「誤報じゃねえのか?」

「誤報だったらすぐ止まるだろ。それにしちゃ長すぎる」

「じゃあ警報機が壊れたんだな」

「壊れたんじゃないよ☆」

  その第三者の声は、二人の背後から聞こえた。

「な……っ」

  二人が振り返ったその瞬間、二人の頭がほとんど同時に血風に巻かれ吹き飛んだ。
  飛び散った血や脳髄や肉片や頭髪が壁に不恰好な模様をつけ、頭を失った二つの死体がどしゃどしゃ、と倒れる。
  そこに立っているのは、一人だけ。
  外見からは、男か女かわからない。整った顔は男にも女にも見えた。
  一層目を引くのは、ほとんど白に近い銀色の髪。それは膝裏に届くほどに長く、冷たい夜風にひらひらと舞っている。
  着ているのは細い体をさらに強調するような細身のコートに、同じく細身のパンツとブーツ。
  その全てが黒で、姿全てが闇に溶ける中、銀髪だけが闇の中浮かんでいるように見えた。
  その人物の名は、ゾルヴァ。

「これは待ちに待ったことだ!!」

  そうしてゾルヴァは、さも愉快そうに笑う。その哄笑は依然鳴り続ける警報にも負けず城中に響き渡り、そして、

「いたぞ!」「ゾルヴァだ!」

  騒がしい足音と共に四人の兵が姿を現した。全員がその手に銃を持っている。
  だがゾルヴァは全く臆することなく一瞥だけくれて、嘲るように小さく笑った。
  兵が銃を構える。銃口の先にはゾルヴァ。間髪いれず引き金が引かれ、四つの弾がゾルヴァを襲う。
  だが、

「空け者が」

  ゾルヴァが向かってくる弾に手の平を向ける。
  ただそれだけの動作で、全ての弾丸が運動エネルギーを丸々失ったかのようにぴたりと止まり、力なく地に落ちた。
  ゾルヴァに届いた弾は、一つもない。

「この程度の力で、俺を殺せると思ったか」

  見せつけられた未知の力と、その言葉の殺気に兵たちは立ち竦む。もはや戦意を持つ者は一人もいない。
  最後尾にいた兵が一歩後退する。それを契機としたかのように、ゾルヴァが石畳を蹴り兵たちに飛びかかった。

「ひいいいいいいい゛っ!!」

  まずは一歩も動けず悲鳴を上げた兵の顔面に、ゾルヴァの拳が文字通り突き刺さる。悲鳴は不自然に止まり、その瞬間に兵は絶命していた。
  次に逃げようとした兵の腹にゾルヴァの足がめり込み、もう一人手が届くところにいた兵は襟首をつかんで引きずり倒され、乱暴に踏み潰される。
  腹に足が埋まるほどの蹴りを受けた兵は、血やそれ以外のものを吐きながら数秒悶え苦しみ、死んだ。

「ば……」

  そして最後の一人。一歩も動けず仲間が蹂躙されるのを見せられた兵は、

「化物――――!!」

  最後に自分を殺すゾルヴァの手が、視界いっぱいに広がるのを見た。



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