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甘ったれクリーチャー  [作者:直十]

■4

「畜生……」

  ギリと歯を軋ませ、額に脂汗を浮かべながら、ゾルヴァは暗い森の中を歩いていた。
  暗い森の中でもゾルヴァは夜目が効く、というよりは赤外線カメラより優れた目を持っているから問題はない。
  だがその足元はふらつき、おぼつかなかった。
  胸と腹と手。計五つの傷口からはじわじわと黒い血が染み出していた。突き刺さった弾はすでに自分の手で抉り出している。
  弾自体に魔術が施されていなくても、退魔銃から撃ち出された弾は魔術の余韻を以てゾルヴァを苦しめる。
  そんな毒のようなものをいつまでも体の中に留めておくよりは、傷口を広げてでも取り除いたほうがいい。

「畜生……畜生………、ふざけやがって……!」

  ずるりずるりと歩を進めながら、ゾルヴァの口からは悪態が漏れる。
  魔神といえども、痛みは感じる。
  魔族の中でも異端中の異端、ほとんど神に近い力を持つゾルヴァは、当然人間とも魔族とも格が違う。
  五発の退魔銃を受けても致命傷にならないほどの生命力を持ち、何より回復力が半端じゃない。このぐらいの傷だったら、二日で完治する。
  ただ、傷が一瞬で治るような回復力もなければ、治癒も出来ない。痛みには多少免疫はあるが、痛覚を遮断できるわけでもない。
  つまり受けた傷はそのまま受け入れるしかない。痛みを無視したり隠したりせずに、丸々飲み込まなければならない。

「くそ……っ、くそ……千年だぞ……! 千年経っても退魔銃があんのかよ……! ふざけやがって……!」

  ごふ、とまた血を吐く。口の中に絡みつく血をぺっと吐き出し、ゾルヴァはそれでも歩を止めない。
  ゾルヴァは人間にとっての敵だ。ゾルヴァが負傷していると知れば勇んでゾルヴァを殺そうとする。
  だから逃げなければならない。人間に殺されるなんてことは、ゾルヴァにとって最大の屈辱なのだから。
  いや、ゾルヴァが人間の敵なのではない。人間がゾルヴァの敵になったのだ。
  千年前の魔族狩りで、人間のほうから魔族に敵対してきたと言っていい。
  それまで魔族にとって人間は“敵”ではなくただの“自分達とは違う生物”でしかなかった。
  ようは人間にとっての犬のようなものだったのだ。魔族の中には人間と積極的に親しくなろうとする者もいれば、捕食する者もいる。
  欲求にかられて無意味に惨殺する者だっていた。
  ゾルヴァはそのいずれでもなかったが、少なくとも人間を“敵”だと思ったことはない。
  人間が自ら魔族の敵になるまでは、人間を無駄に殺すことも、楽しんで蹂躙することもなかった。
  だからゾルヴァは、人間に対して容赦はしない。人間は自分から敵となったのだ。
  自分からゾルヴァに殺される理由を作ったのだ。だから自分が人間を殺すことに、文句など言わせない。
  人間が自分を敵として殺そうとするなら、自分も人間を敵として殺す。それだけだ。
  ふと、ゾルヴァは暗い森の中に小さな小屋があることに気付いた。そこは今にも崩れそうなほどに古く、人がいる気配はない。
  丁度いい。あそこで体を休めよう。敵からもずいぶんと離れた。あそこで眠って傷の回復に努めよう。
  ゾルヴァは半分開いていた扉をそっと押し、中に入った。
  中には机や椅子の壊れた残骸が散らばり、それらの全てが埃をかぶっていた。
  ゾルヴァは壁に寄りかかり、ずるずるとうずくまる。傷の痛みを包み込むように小さく丸くなり、ゾルヴァは静かに目を閉じた。
  寂しさが、ほんの少しだけ胸に染みた。



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