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甘ったれクリーチャー  [作者:直十]

■19

  ゾルヴァは人体なら軽く殴りつけるだけで骨ごと吹き飛ぶ術を拳に纏い、一瞬でイシュの懐に飛び込む。
  ゾルヴァに先ほどのような慢心はない。同じ間違いを二度犯すほどゾルヴァは愚かではない。
  イシュの獲物は中距離を得手とする剣だ。リーチはあるが、長さの分懐に隙が出来やすい。
  ならば相手の得意な中距離で戦ってやる義理などない。相手の苦手な近距離、素手のゾルヴァの得手である接近戦で戦う。
  人間の反射速度を遥かに越えたスピードだ。常人には反応もできない。
  狙い通り、隙の出来た懐に拳を叩きこむ――が、その前に早くも斬り返してきた剣がその拳を斬り払おうと迫ってくる。
  反応もできない速さのはずなのに、イシュは反応してくる。滅茶苦茶だ。それ以上に滅茶苦茶なゾルヴァが言うことではないだろうが。
  とっさに拳を引き、すんでのところで剣をかわす。だが拳をかすめた剣は、ゾルヴァの手首の代わりに拳に纏った術を斬り、破った。
  破られた術の欠片が剣の切っ先に散る。
  たまらず後退しようとするが、イシュはそれを許さない。
  速すぎる切り返しですでに体勢を整え、一歩下がったゾルヴァに対し一歩踏み出して、 追随する。
「……くそっ!」
  滅茶苦茶だ、とまた思う。苦し紛れに向けた炎の術も、いとも簡単に斬り破られてしまう。
  炎の残滓は純白の軍服の端を焦がす程度でしかなく、そんなか弱すぎる力に意味はない。
  イシュが持つ剣を、ゾルヴァは知っている。知っているどころか、その威力を千年前に文字通り直に味わった。
  あれはフランベルト家に代々伝わる魔剣だ。あの魔剣には膨大な魔力が込められ、魔法を援護・増大させる。
  それに加え剣そのものに魔法を付加させることができるらしく、それにイシュはどんな魔術も打ち破る強力な解除魔法をかけているらしい。
  その厄介さは、もはや笑えてくるほどだ。どんな魔術を向けたとしても、その一閃のもとに全て斬り払われてしまうのだ。
  退魔銃などよりよほど厄介だった。魔術の一切が、イシュには効かないのだから。
  そんな厄介な剣がゾルヴァに迫る。体勢を崩した今、まともにかわせない。だからゾルヴァは剣が迫る先、腹部のあたりに強力な防御術を張り、
  同時に精一杯の力で地を蹴る。ギリギリのところで当たるが、問題はゾルヴァの防御術とイシュの解除魔法、どちらが強いのか――。
  バチン、と防御術が破裂した。だがその反動がゾルヴァを後方に吹き飛ばし、剣の動きを鈍らせる。
  剣はゾルヴァのコートの一部を薙いだだけで済み、ゾルヴァは地を転がり間合いを確保する。だが、
「そこだ!」
  体勢を立て直し起き上がった瞬間、イシュはゾルヴァを指すように剣を突き出す。
  ゾルヴァは何か仕掛けられるのかと身構えるが、それが命取りだった。
  その瞬間、ゾルヴァの立った地面から淡い光を放ち浮き上がるものがあった。
  巨大な魔法陣。恐らくは、森の中で待機していた時にあらかじめ書いておいたものだろう。
  一目で強力な魔法だとわかるほどそれは複雑で、だからきっと、発動に必要な前口上はすでにここに刻まれている。
  剣の切っ先越しに、イシュが笑う。
「ちいっ!」
  慌てて地を蹴り離脱を試みるが、もう何もかもが遅かった。
  イシュが叫ぶように、祈るように、決定づけるように、呪文を唱える。
  それに反応した魔法陣が、地面ごとゾルヴァを吹き飛ばした。




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