甘ったれクリーチャー [作者:直十]
■7
「とってもきれいなところなの。だからリリはね、あそこがすごくすきなの。まじんさんもきっとすきになるよ!」
ゾルヴァがいた小屋から数分歩いたところに、それはあった。
「まじんさん、ここ! ここだよ!」
視界が、開ける。強くなった光に、目を細める。
そこは、ひっそりとした泉だった。どこからか湧き水が出ているらしく、澄んだ色の水が広がっている。
泉は太陽の光を浴びてキラキラと輝いていた。涼しげな風が、ゾルヴァの銀髪を揺らす。
「ね、きれいでしょ!」
リリはゾルヴァの手を離して、泉のほとりに駆け出した。
地面にぺたんと座って靴と靴下をよいしょよいしょと脱ぐと、スカートの裾を摘んで泉の中に駆け込みぱしゃぱしゃと水を蹴る。
リリの笑い声が泉に響く。跳ねた水がキラキラと光って綺麗だった。
「まじんさんもおいでよー!」
小さな体を精一杯伸ばすように、リリはゾルヴァに手を振る。
キラキラと光る泉の中に立つリリは、小さな妖精のように見えた。
ゾルヴァは誘われるように泉のほとりに歩を進める。膝をついて、泉の水に手を浸した。
予想以上の冷たさに指先が震えたが、その心地よさに手を引っ込めることはなかった。
水を撫でるように手を揺らし、澄んだ水面に波紋を作る。
手の平にこびりついた血が、じわじわと澄んだ水に溶けていた。
もう一方の手で血の固まりをこすると、水に広がる赤が濃くなる。広がる赤は薄くなってやがて消えた。
「おてて、へいき?」
ふいにリリの声が降ってきて、顔を上げると心配そうな顔をしたリリが手元を覗き込んでいた。
「……ああ、平気だ」
もう、痛みはほとんどない。
「そうなの。よかった」
リリはその幼い顔によく似合う満面の笑みを浮かべて、それからちょっとあっちいってくるーと言って泉からあがり、裸足のまま駆けて行った。
その小さな背中を見つめて、ぼんやりとゾルヴァは思う。
自分の身を案じてくれる人なんて、いまだかつていただろうか。
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