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甘ったれクリーチャー  [作者:直十]

■8

  答えは、いない。あんなに心配そうに傷口を見てくる者も、平気だと答えてあんなに嬉しそうな顔をする者も、ゾルヴァは知らない。
  でもそれは、ただそれだけのことだ。ゾルヴァは異端中の異端である魔神なのだ。
  怪我をしていたとしても誰も心配などしない。一日眠れば大概治癒してしまう化物のようなゾルヴァに、心配する必要などないのだから。
  ただそれだけのことなのだ。リリはゾルヴァが化物であることを知らないだけ。
  どんな傷も二日もすれば完治してしまうことを知らないだけ。ただそれだけのこと。

  ――でも、ただそれだけのことが、なんだか心を掴んで離さなかった。

  魔神といえども、人並みに痛みを感じる。痛覚を遮断できるわけではないし、傷がすぐ治癒するわけでもない。
  傷の痛みは、そのまま痛みとして受け入れなくてはならない。
  だからなんだか、自分の痛みを理解してもらえたようで。昨夜の痛みの記憶を、ほんの少しでも和らげてくれたようで。
  リリの笑顔が、頭から離れなかった。

「まじんさーん!」

  リリの幼い声が、ゾルヴァを呼んだ。
  こっちに駆けてくるリリは、両手で広げたスカートの上に何かをたくさん載せていた。

「これ、とってきたの!」

  ゾルヴァに駆け寄り少し乱れた息のまま、スカートの上に載せたそれを自慢げに見せる。
  それは、何種類かの木の実だった。拳大のオレンジ色のものもあれば、薄茶色の硬い殻に覆われたものもある。

「これね、向こうにいっぱいなってるの。だから、まじんさんにたべてもらおうとおもって」

  おなかすいた? と聞いてここに連れてきたのは、そういうわけだったのだろう。
  今リリが持ってきてくれた木の実だけでも、ゾルヴァの腹は満たされる。
  リリは木の実を地面に広げ、それらを眺めて少し悩んだ後、指先ほどの小さな赤い実を摘み、口に運んだ。

「んふっ、おいしい」

  リリはにっこりと笑い、ぷっと種を吐き出す。

「まじんさんもたべなよ」

  リリに促されて、ゾルヴァはオレンジ色の木の実を掴む。服で表面を軽く擦って、皮ごと齧った。
  よく熟した甘さが、口の中に広がる。ごくりと飲み下すと、瑞々しい果汁が渇いた喉を潤した。美味しい。
  ほとんど千年ぶりに口にした食物は、本当に美味しかった。口元を濡らした果汁を、袖で拭う。

「おいしい?」

  リリの無邪気な問いに、ゾルヴァは迷わず答える。

「……ああ。美味しいよ」

  その口元に僅かながら笑みが灯っていることを、ゾルヴァは知らない。



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