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甘ったれクリーチャー  [作者:直十]

■16

  決戦前夜だというのに、とてもよく眠れた。今日はリリは来ないだろう。何故なら今日は決戦の日だから。
  ゾルヴァはゆっくりと眠りの世界から浮上し、目を開けた。立ち上がり、服についた埃を払う。視界に広がるのは小汚い小屋の様子だ。
  今日の決戦を終えたら、もうちょっとましなところに移ろうか。せめてもう少し寝心地がいいところがいい。
  ふと、髪を縛ったリボンが取れかけていることに気づいた。眠ったりなんだりで緩んでしまったのだろう。
  ゾルヴァはしばしどうするか、悩む。せっかくリリが結んでくれたものだから外したくない。
  だけどこのままにしておいたらいつ取れるかわかったものじゃない。ただでさえこれから激しく動くというのに。
  結局ゾルヴァはリボンをほどき、右手と口を使って左腕に縛り付けた。
  なるべくひらひらしないように、しっかり巻きつけて結ぶ。
  できればまた髪を縛りたかったが、自分では髪を縛るなどどうすればいいのか皆目見当がつかない。
  外はすっかり朝だ。リリと出会ってから、ずいぶんと綺麗になった朝。
  外への扉を開ける。太陽の光に目が眩んだ。小屋の中は薄暗いから、余計に眩しく見える。
  ゾルヴァは外に出て太陽の光を存分に浴びた。まるでシャワーを浴びているような爽快感だった。心地よい。
「……さて、と」
  ゾルヴァは手首をほぐすように手をパタパタと振る。ついでに首も何回か回し腰に手をあてて背を反らせた。
  首や背の骨がぽきぽきと鳴る。そうして手足の動きを一通り確認した後、ゾルヴァは森の一角に視線を向ける。
「いつまで隠れているつもりだ?」
  先ほどまでの穏やかな様子に比べたら、顔そのものが変わったのではないかと思えるほどの変化だった。
  小さな笑みを象っていた唇が三日月形に裂け、穏やかに細められていた目が残虐な光を孕んで、笑む。その瞬間――
「う……撃てっ!」
  悲鳴に似た声と同時、ゾルヴァが視線を向けた茂みから、数十発の弾が向かってきた。
  ゾルヴァはそれを、魔術で止めるような真似はしない。地につくほど体勢を低くして伏せ、全ての弾を避ける。そして足のバネを最大に生かし、
  地面を抉るほどの勢いで地を這うように跳躍する。
  それなりにあった距離はあっという間に埋まる。茂みの中に飛び込み、その向こうの雑魚たちを一掃しようと――
「――?」
  して、そこに誰もいないこと気づいた。否、一人、いた。一人しかいなかった。
「はじめまして、かな? ゾルヴァ」
  その人間は軍服を着ていた。だけど見たこともない純白の軍服だった。その上に乗る顔は金髪碧眼の美青年で、
  ゾルヴァはその青年をどこかで見たような気がした。
「会って早々悪いんだが」
  そこでようやく、ゾルヴァは青年の肩越しに背を向けて一目散に逃げる軍人たちを見た。どうやら最初の一発を撃った後、逃げ出したらしい。
  青年が腰の剣に手をかける。たったそれだけの動作に、ゾルヴァは背筋にぞくりとした悪寒を感じていた。本能的に悟る。危険。
「死んでくれ」
  或いは狂気さえ見受けられそうな言葉を契機に、剣が奔る。
  とっさにゾルヴァは手の平に展開していた攻撃用の術を切り替える。ゾルヴァが攻撃を一瞬で忘れ防御に走るほど、その剣は速かった。
  そしてゾルヴァの体と剣が交錯する。



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