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甘ったれクリーチャー  [作者:直十]

■24

「……その様子だと、諦めてはいないようだな」
  ゾルヴァの笑みを見て、イシュは特に何の感情も感じられない口調で言った。それに答えず、ゾルヴァはイシュに向き直りだらりと両腕を垂らす。
「その傷ではもう何もできまい? 諦めて降参すれば、せめて苦しまないように殺してやる」
「はっ、どこの悪役の台詞だ? 正義はしぶとく戦い最後には勝つんだよ。まだまだ嘗めてもらっちゃ困る」
  悪役と言われたことに対してか、イシュの眉間にしわが寄る。確かにどこからどう見ても悪役は魔族であるゾルヴァで、正義は国側
 ――世界側のイシュだ。それをゾルヴァは分かっている。とてもよく分かっている。  
  だけど悪役だからといって殺されてやるほど、ゾルヴァはお人好しではない。
  だから悪役は悪役らしく、最後の最後まで抗ってやろうではないか。そして首だけになってもその喉に喰らいついて――勝ってやる。
「お前がなんと言おうと……、その傷でどうやって勝つつもりだ?」
「だから……嘗めるなと言っているだろう?」
  ぼ、とゾルヴァの手元に赤い炎が燃え上がる。炎は最もわかりやすい破壊のイメージだ。多彩な術を操るゾルヴァが得意としている、炎を繰る術。
「千年前、俺が最後まで魔族狩りを生き残った理由を教えてやろうか?」
  炎を纏ったゾルヴァは気障ったらしい笑みを浮かべて、こつん、と自分のこめかみ辺りを叩く。
「ただ術に頼ってただけじゃない。相手を分析し凌駕してお前みたいな退魔師を何人も屠ってきた結果だ。お前の魔力も身体能力も把握したし、
その剣だって千年前に一度見た。その状態でお前は俺に勝てるとでも思っているのか?」
  意味ありげな、というよりは意味を孕んだその挑発に、イシュは目を細めて、だけど笑う。
「その満身創痍でそこまで吠えるか。ならば……勝ってみろ!」
  イシュが剣の切っ先をゾルヴァに向けて、ゾルヴァは血のように赤い炎の向こうで、笑う。


  先手はイシュだった。人間とは思えないほどの速度で踏み込み、あっという間にゾルヴァとの距離を詰める。
  ゾルヴァの纏っている炎にも全く臆面を見せない。先ほどと同じように、剣で切り払うつもりなのだろう。
「ちっ」
  先ほどと全く同じやり口に小さく笑う。だが把握しているとはいえその剣の厄介さは健在だ。先の挑発で少しはやり口を変えてくれるかと思ったが、
  そううまくはいかないらしい。
  ゾルヴァは後方に飛び剣を避ける。だが切っ先が纏った炎を掠め、散っていく。まだもう少し、時間が足りない。
  次々と繰り出される斬撃を、ゾルヴァは痛む体で避けていく。だが動くたびに痛む体では、本当にぎりぎりでしか避けられない。
  紙一重で届いた剣先が、新たな痛みを増やしていく。
  だがそれでもイシュに慢心はない。自分にできる最速の剣を繰り出しゾルヴァに反撃の暇を与えず、
  ゾルヴァが疲労と痛みで動けなくなるのを待っている。
  改めて厄介な敵だと思う。全く驕らず侮らず、自分の全力で容赦なく確実に殺しにかかっている。
  このままでは確かに、ゾルヴァが疲労と痛みで倒れるのも時間の問題だろう。
  だけどすんでのところで――ゾルヴァの方が早かった。
  術の完成を感知したゾルヴァは、にやりと笑う。そしてその笑みを見て怪訝な顔をしたイシュへ、叫ぶ。
「――終わりだ!」
  叫びと同時、ゾルヴァが纏っていただけの炎が、イシュに襲いかかった。接近した状態からの反撃とはいえ、終わりと言えるほどの攻撃でもない。
  イシュは冷静にそれを斬り払い――だけどその瞬間、ゾルヴァの言葉の意味と、自分の愚行を思い知る。
  剣に斬り払われ、散ったと思われた術の破片。だがそれは空に消えず逆に大きく膨らんで、赤い粘着質な物体となって剣に絡みついたのだ。
  おそらく炎の攻撃術と見せかけた、剣そのものを封じる術。どんな術も斬り破る解除魔法が付加されていたとしても、
  それは斬った術を解除する魔法だ。そしてこの剣の状態では、術を斬ることができない。
  敵に能力を把握されるということは、つまりすでにそれの対策を練られているということ。それを失念していた自分に憎悪さえ覚える。
「くそっ……!」
  そして目の前で決定打となる炎の術をゾルヴァが展開している。剣を封じている術を破る時間はもうない。
  だからイシュは機能しなくなった剣ではなく、防御魔法を展開した手の平を突き出す。
  巨大な炎が、半端ではない圧力を以て防御魔法に襲いかかる。圧倒的な力の奔流。
  おそらくは持てる力を全て注いだ、本当の全身全霊の一撃。それは防御魔法にぶつかる矢先から四散して散っていくが、
  そのあまりの圧力に防御魔法も破られそうになる。炎と防御魔法、どちらが強いのか――。
  そして最後の炎が散ったとき、防御魔法もまた破れて消えた。
「勝っ――」
  勝った――という、一瞬、刹那にも満たない思考の隙。だがそれが、あまりに致命的な、ミスだった。
  違う、と気づいた時には、もう遅かった。イシュの頭上。それもまた散らずに集まり一つになった、先ほどの炎の術の残滓。
  それが形を変え十数本の真紅の矢となって、イシュへと降り注いでいた。
  避ける間もない。とっさに腕で頭をかばうが、何の意味があるというのか。抗うこともできず、三本の矢がイシュの背に突き刺さる。
「がああっ!」
  灼熱と痛みに絶叫が漏れる。炎の矢より紅い血が噴き出し、内臓が傷ついたのかイシュは大量の血を吐いた。
  倒れる間もなく、接近したゾルヴァの蹴りが腹部に決まる。たまらず剣が手から離れ、地を転がった。
  剣にまとわりついていた術が、もう維持に気を回していられないのか掠れて消える。
「言っただろう」
  激痛で半ば朦朧としたまま見上げると、凶悪な笑みを浮かべたゾルヴァが世界ごと覆い被さるように立ちはだかっていた。
  もう防御魔法を発動させるための精神力も集中力もない。
  ゾルヴァは拳を振りかぶる。ゾルヴァにももう術を繰るだけの力はない。先の炎で力を使い果たしてしまった。
  だけど目の前で重傷を負い転がっている青年を殺すだけなら、術を繰る必要はない。ただこの拳を振り下ろして、殴り殺せばいい。
  だからいろんな感情をその拳に握り締めて、ゾルヴァは拳を振り下ろす。
「終わりだって」
  そして、血が舞った。
  地に倒れ伏したイシュがゾルヴァを見ている。拳を振り下ろしたゾルヴァもイシュを見ている。
  だけどゾルヴァの拳は、イシュの頭を殴り潰す寸前で、止まっていた。
「……そうだな。確かに、終わりだな」
  ごぶ、と酷い音を立てて、ゾルヴァが黒い血を吐いた。その血を頬に受けて、だけどイシュは笑う。
「俺の勝ちだ」
  いつの間にか、イシュの手から離れ地に転がっていたはずの剣が、ゾルヴァの背に深々と突き刺さっていた。
  胸からは、真っ黒な血に濡れた刀身が突き出している。神に等しい力を持つゾルヴァといえども、胸を貫かれて無事でいられるわけがない。
  それは完全無欠なほどの、致命傷。
  最後の瞬間、イシュは高度な防御魔法ではなく、比較的簡単な物体を動かす魔法を発動した。
  ゾルヴァの背後に転がった剣で、ゾルヴァを貫くように。
  激痛で切れかけた集中力で発動してくれるかは一種の賭けではあったが、最後の最後で、イシュはその賭けに勝った。
  ゾルヴァは半ば呆然として胸から生えた剣を見ていたが、やがて苦々しい笑みを浮かべ、天を仰いだ。
「くそ……。俺の負けかよ」
  ゾルヴァの黒ずくめの体が、どしゃりと地に倒れる。
  決着が、ついたのだ。



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