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SUGINAMI MELODY [作者:あつこ]

■ 21

旅人さんは膝の上に猫を置いていた
横を通りかかるとその人はただでさえ深く被っている帽子をまた被り直した




「彼女が、他の男と幸せになっていたら、ということですか?」
「そうですね・・・もう1回ぐらい旅をしようと思います。」顔をあげてその人は寂しげに笑いながら言う
「良いんです、彼女がそれで今幸せだというのなら。
僕には、彼女の幸せを奪う権利など、無いのですから。」



昨夜の言葉がグルグルと頭の中を巡る
もし、あの人が圭ちゃんだったのなら、今の私は彼の目にどう映っただろう
男の人と笑いながらおしゃべりしていて、楽しそうに幸せそうに見えたのだろうか

今、私の横に居る人は恋人なんかじゃなく、兄だけれど
圭ちゃんには私の家族を紹介なんてしたことないし、
圭ちゃんの家庭の事情を気遣って家の話はあまりしないようにしていた

私と武ニイは、その横を通った
私は武兄ちゃんの話なんてまったく聞いて無くって適当に「うん」とだけ頷いていた

私は横を通る時、ずっと旅人さんの方を見ていた
もし、少しでもこっちを見てくれたら、「こんにちは」って挨拶をして、兄を置いて
「あれ、私の兄なんです。今日、この街に来たから案内してるんですよ」って話しかけに行って
兄との約束が終わったらまた、肉まんとかあんまんとか、スープをおすそ分けして

いろいろ浮かんできたけれど、結局彼は一度もこっちを見なかった


圭、ちゃん?
圭ちゃんなの?

聞きたいことが山ほどあった
あなたは誰なのか、どうして?何で?何の為に?

頭の奥の方から変な音がする、ギシギシ鈍い音を立てている
機械油でも注さなきゃいけないような嫌いな音。

いつの間にか、旅人さんの横を横切っていた
私が兄のペースに合わせて歩いてたから

「おい、さなみ!!お前、人の話を聞いてないだろ!?」
武ニイの大きな体から、優しく響く大きな声が道中に響き渡る

やめて、そんなに大きな声で名前を呼ばないで。
あの人がそこに居るんだから、圭ちゃんの前で私を呼ばないで
私の名前を呼んでいいのは圭ちゃんだけなんだから。
「・・・え?あ、ああ。ごめんね、ちょっとぼうっとしていた」私はそう兄に言う

「なんだぁ?せっかくお前に会いにここまで来てやったというのに、ぼうっとするだなんて」
冗談めかした口調で、兄は声のトーンを下げて言う。
「ごめん、ごめんって。ちゃんと聞くから。何の話だったっけ?」

私は兄に向けてそう言うが横目でチラリ、とあの人の方を見てみた
また、帽子を深く被り直す。そしてまた優しく猫を撫で始める

兄の歩くペースに合わせていたら、あの人の居るベンチはだいぶ遠くになっていた
それでも、私は兄の予約したホテルまで連れて行って、
あれほどねだっていた『美味しいランチ』も断って、真っ直ぐあの並木道まで走った



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