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SUGINAMI MELODY [作者:あつこ]

■ 8

私は歩いているつもりだったけど、いつのまにか立ち止まっていて猫と男の人をじっと見ていた
男の人は推定年齢20代後半から30代前半。
私よりずっと年上だと思っていたけど、たいして変わらないように思えた
年上に見えたのは、顎に生えた無精ひげのせいであろう。
猫は多分推定年齢、1才から、2才。
ずいぶん大人びていて野良猫のくせに丸々としている
近所の人からエサとか貰って自由にやっているのだろう。・・・野良猫のくせに。

男の人は、猫を見ながらずっと撫でていた。

私はその男の人の優しい手つきに見とれていたら男の人が気づいたらしくこっちを見てきた
目は前髪で隠れていてあまりよく見えなかったけれど、男の人と私はしばらく目が合っていた

「・・・なんか、私に用でしょうか?」男の人は優しい声で私に声をかける
聞き覚えのある懐かしい感じがする声。
目線も、言葉も私に向けて発せられているのに、手つきだけはまだ猫を撫でている
「えっ・・・いや、その・・・」
私は突然の質問にしどろもどろしながら返事をする
スーパーのビニール袋は気がついたら地面に落としていた
「ね、猫・・・お好きなんですか?」
必死に返事を考えたあげく、これとは、我ながら情けない。
男の人は私の質問に少し微笑み「ええ、好きです。」と答えた

ベンチには男の人が一人で座っていて、もう一人分のスペースがあった
「そっちに、一緒に座ってもよろしいですか?」
私はなんだか微妙に間違えた敬語で男の人に尋ねた
「ええ、どうぞ。はい。」
男の人は、ホコリを手でさっと掃い、私の分のスペースをあけた
猫がぼんやりと起きて、うつらうつらしながら男の人の膝に丸くなる
私は猫を見ながら圭ちゃんを思い出す

その人は、よれよれのトレンチコートに、深く帽子を被っていて、目は見えなかった
でも、彼が猫に向けて、温かい目を向けているのだけはすぐに分かった

圭ちゃんは、人の考えてる事がすぐに分かる人だった
だからと言っても、特別な事は何もせずにただ、自分がまず立ち上がって
私に手を差し伸べてくれたり、何も言わず、何も聞かずに私の背中をさすってくれた
私は何も言わない、聞かない彼に怒りを感じず
ただただ、背中をさすってくれる彼の体温が嬉しくって、愛しくって
彼の胸で、背中で泣いた

私の涙を見た彼は、泣き終えるまでずっと
背中をさすったり、おでこに軽くキスをしたりして私を声を出さずに慰めることができた

私が泣き止むと、彼は立ち上がって、コンポにいつものCDをかける
そして私の方に、私のお気に入りの犬のぬいぐるみを寄せる
ぬいぐるみを渡された私は、ぎゅうっと抱きしめてまた少し、涙の余韻を感じる
彼は、そんな私を見て台所へ向かい冷蔵庫から適当に野菜や、肉の破片を出してスープを作る
私はこのスープが大好きで、一口飲むだけで
悲しみや、苦しみが全てぜーんぶ、お腹の中へと優しくコンソメに包まれていく気がする
コンソメに包まれた悲しみは、みんな栄養となって吸収されるのだ

「哀しい事はね、マイナスだけじゃ無いんだよ。みんな栄養となってプラスになるんだよ」
彼はそう言うかのように、食卓のテーブルにスープの鍋を置いて
一緒に何も言わずに、ゆっくりとスープを口にする
「圭ちゃん・・・」
「なあに?」
「・・・ありがとう。」

私がそう言うと圭ちゃんはニコッと笑ってまたスープを口にする。

いつもの、当たり前の光景があたたかく私たちの日常を彩っていた



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