スピッツ歌詞研究室 オリジナル小説
スピッツ歌詞TOPオリジナル小説SUGINAMI MELODY>16

SUGINAMI MELODY [作者:あつこ]

■ 16

「・・・・え?」その人は驚いたよな顔をして、私を見つめた
「いや、すいません。何でもないです―。」私は目線をフッとそらして、
食べかけのあんまんを、手でギュッと握りつぶした

それから話を続けた
分かったことは彼は恋人を置いて旅をしていたということ
料理がけっこう好きだということ
それからこう言っていた

「私、会いたい人が居るって言ったじゃないですか」
穏やかな物腰と柔らかい口調でその人は言い始めた
「ええ、言ってましたね。」私がそう返事をすると
その人は食べ終えた肉まんのゴミをギュッと掌の中で握りしめて話した

「たぶん、私のことなんてもう忘れてると思うんです。
長い間、連絡も入れなかったし、ろくに事情も説明できないまま別れちゃったし。
僕としては、彼女が今、幸せでいるかどうか―・・・それだけが知りたいんです。
彼女が今、幸せに暮らしているんだったらそれでもう良いんです。」

まるで、私は私に向けて言われているような錯覚に陥って、
涙が知らない間に溢れてきていた

「そんなこと、」私はそう言いかけて口をつぐんだ
私に、そんなこと言う価値が、言う権利があるんだろうか―?

でも、だとしても、
それが「彼の願い」と言うのなら私にはそれを止める権利はこれっぽっちも無い
本当に幸せに過ごしている彼女を見るだけで幸せというのなら、
その幸せを奪う権利は無い。

でも、この人には幸せになってほしい。私はそう思って旅人さんを見つめた

別れも告げずに、旅立ったこの人に、最愛の彼女とくっついて幸せになってほしい。
例えば、その女の人が今、彼を忘れて他の男性と付き合っていたとしたら
私はその男性から女性を奪って、逃げ去って、
2人が幸せになってほしい―。そう思った

「例えば、今―。」私はそう言いかけた

「彼女が、他の男と幸せになっていたら、ということですか?」男性はふふふ、と口元を笑わせながら言った
心を見透かされたような気持ちになって、私は何も言わずにうなずいた

「そうですね・・・もう1回ぐらい旅をしようと思います。」顔をあげてその人は寂しげに笑いながら言う
「良いんですか?本当に、それで。」私は口を挟む

「良いんです、彼女がそれで今幸せだというのなら。
僕には、彼女の幸せを奪う権利など、無いのですから。」

視界がパッと開いた
彼は、本当に彼女の幸せを祈っているんだ。ああ、だからこの人はこんなにも強くいられるんだ

「あなたなら、幸せになれます。絶対に。」
止まること無い涙を流しながら、拭いもせずに私は断定した
この人に愛される女性は、何て幸せなのだろう―、
彼にこんなこと言われてるなんて知ったら、きっと彼女は喜ぶだろう―

そんなこと考えながら私はさよならを告げてアパートへ帰った



↓目次

【1】【2】【3】【4】【5】【6】【7】【8】【9】【10】【11】【12】【13】【14】【15】【16】【17】【18】【19】【20】
【21】【22】【23】【24】【25】【26】【27】