スピッツ歌詞研究室 オリジナル小説
スピッツ歌詞TOPオリジナル小説>愛のことば_01

愛のことば [作者:那音]

■1

  私の彼は優しく聡明で、空や自然や動物や人間――つまりは世界の全てを愛している人だった。
どんな人でも優しく受け入れて、どんな人でもその優しい笑顔で癒してくれる。
人に対するときはどこまでも一生懸命で、自然に対するときはどこまでも穏やかで、私は彼以上に素敵な人間を見たことがない。
  彼は暇さえあれば、大学の中庭の涼しげな風が吹く木陰のベンチで本を読んでいた。
そこで彼を見つけた私がその彼の隣に腰かけると、本に夢中になっていた彼はその時になってやっと私に気付いて笑いかけてくれる。
私はその笑顔が大好きで、どんなに怒っているときでもどんなに悲しいときでもそれにつられて笑ってしまうのだ。
  彼とは、楽しい思い出をたくさん作ってきた。いろんなところに一緒に行ったし、いろんな映画や演劇や絵画を一緒に見たし、
たくさんの時間を一緒に過ごした。
  私は彼が大好きで、彼もきっと私を好きでいてくれた。私達は、愛し合っていた。
  私の両親も彼との付き合いを快諾していたし、昔から自他共に認めるシスコンだった私の兄も彼と仲が良かったし、
私はこれから先ずっと彼と一緒にいられると信じていた。
  彼と一緒にこれから先ずっと続く輝ける未来を生きていけると、私は無邪気にもそう信じていたのだ。
  夏の終わりの日。彼が、原因不明の奇病に侵されるまでは。

  果たしてそれは、「病」と呼べるものなのか。
  突然変異で現れたそのウイルスに侵された者は、どういう訳なのか、血が青くなる。
血が青くなり――それだけだ。発病したら死ぬわけでもなく、熱や頭痛といった症状が出るわけでもない。
  だけど症状が出ないということは症状が不明ということでもあって、それにそのウイルスの感染経路がいまだ解明されないこともあり、
ウイルスに侵された者は完全な隔離状態に置かれることになった。
  つまり、それは私と彼の離別を示していた。
  彼は強制的に隔離病棟に入れられ、私達は今までのように会うことも、触れ合うこともできなくなってしまった。
  夏の終わり。残暑も消え去り秋の涼しさを肌に感じたその日。
  私は、悲しみに泣いた。

 



↓目次

【1】 → 【2】 → 【3】 → 【4】 → 【5】 → 【6】 → 【7】 → 【8】 → 【9】 → 【10】
→ 【11】 → 【12】 → 【13】 → 【14】 → 【15】 → 【16】 → 【17】