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愛のことば [作者:那音]

■7

ドストエフスキーは今まで読んだことなかったけど、なかなか面白い。
今度、オーソドックスに罪と罰あたりから読んでみようかな。
図書館を出た私は、彼に本を渡すのは明日にして近くの公園のベンチで「死の家の記録」を開いて読んでいた。
この公園は彼とよく訪れた場所で、少しだけ心が軋んだけれど、本を開いたらすぐにドストエフスキーの世界に引き込まれた。
そういう意味で、本や映画の類は偉大だと思う。
冷たい風が頬に触れて、私は本から目をあげる。本に夢中になっていたせいか、もう日が落ちそうになっていた。
秋の日はつるべ落とし。そんな言葉が頭に浮かんで、ああもう秋なんだなと思った。
去年の秋は何をしていただろう。そうだ。彼と紅葉狩に行ったんだ。
一面の紅葉は本当に綺麗で、今でも鮮明に思い出せる。隣にいた彼の温もりも。
今はまだ紅葉の時期ではないけれど、彼が帰ってきたらまた紅葉狩りに行きたい。
紅葉狩りだけじゃない。以前見ようと約束した映画だってもう公開になってるし、秋の味覚食べ放題の温泉ツアーにも行こうって約束した。
こんなのに行ったら太っちゃうから運動しないといけないねって笑い合ったことだって覚えてる。
この本だって二人で読んで感想を言い合ったり、彼の自転車に二人で乗って夕陽を見ながら帰ったり、
それに彼は放っておくと毎日似たような服を着てくるから、一緒に秋物の服を選びに行ったり。
彼がいればやりたいことなんて山ほどあって、その毎日が本当に楽しいものだった。
だから彼がいない日々は寂しくて――どこか淡白だった。
食堂にも、図書館にも、本来彼がいるはずの場所に彼がいない。
それは私の中にどうしようもない空白として、いつまでもそこにいる。
本当に何気ない、くだらないとさえ思えるような日常が――何よりも大切なのだと、やっと気付いた。
やっぱり、私は彼がいないと駄目だ。
早く、帰って来てほしいと思った。一日でも、一刻でも早く。
そうしたら、楽しいことたくさんしよう?
今までみたいにたくさんの本や映画や演劇を見て、今度は奮発して沖縄か北海道にでも行こうか。そうしたら、飛行機に乗るのは久しぶり。
それから、ずっとずっと一緒にいよう。こんなにもずっと離れていたんだから、それを埋めるぐらい、ずっと一緒に。
神様になんて祈らないから、私は彼に祈ろう。
神様なんて信じないから、私は彼を信じよう。
彼はこれ以上私を悲しませたりなんかしない。だから彼は、すぐに私の元に帰って来てくれる。
また私の前で、何事もなかったかのようないつもの笑顔で、笑ってくれる。私の大好きな笑顔で、私に笑いかけてくれる。
早く、彼が帰ってきますように。
私は信じ、そう祈った。
神様でも誰でもない、私の大好きな彼に。



 



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