愛のことば [作者:那音]
■3
「ここの暮らしって、どうなの?」
「普通って言えば普通なんだけどね。一人部屋だしテレビもエアコンもあるし。
ただ外に出れないのと窓がないのが辛いかなあ。
外に出れないのはともかく空が見えないのは辛いよ。君に会えないのもね」
彼はちょっと肩を竦めて見せた。彼は空が好きなのだ。青空だけではなく、雲も雨も雪も愛している。
だから外が今晴れなのか雨なのかさえわからない今の状況は、彼にはとても辛いだろう。
「ご飯とか……ちゃんと食べてる? 一人で寂しくない?」
「そりゃあ一応病院だからね。栄養管理は大丈夫だと思うよ。
それに食堂だし、談話室とかもあるし、結構賑やかだから寂しくはない。みんな同じ境遇だからね。友達も出来やすいし」
「友達、できたの?」
ちょっと驚いた。彼は気さくで優しい性格だけど、何故か友達は出来にくい人だった。
だけど彼は友達がいなくても全く寂しそうにせずに飄々としていて、私が思うに、彼は本質的に孤独を持っている人なんだと思う。
孤独を持っているから一人でも寂しくはなく、人々は本能的に孤独の匂いを感じ取って彼と深い仲にはなろうとはしない。
私はそれをよくわかっている。私も孤独を持った人間だから。
「うん。なんか面白い人でね。それでその人、アルビノなんだよ」
「アルビノ?」
「そう。目だけ色素が抜けちゃってるから、目が青いんだよ。今まで赤かったのに朝起きたら青くなっててびっくりしたって言ってた」
アルビノとは、突然変異で色素が抜けてしまった人のことだ。色素がないから瞳は血液の色をそのまま映し赤くなる。
だけどこの病にかかったその人は血液が青くなったために、赤だった目が青に変わった。なんて特異で、珍しいんだろう。
そして急激に理解する。孤独を持った彼と友達になれたのは、その人も孤独を持っているからだ。
アルビノというのは特異で、数奇で、どちらかといえば阻害されやすいものだ。
だからその人は、自分は周りとは違うという孤独を持っていて、だから同じ孤独を持つ彼に惹かれた。私のように。
「それで、そっちはどう? 変わったこととかある?」
彼の問いに、私は考えてみる。私の友達や家族はとても心配していた。
彼のことも、私のことも。でもそれだけで、特に変わったことはない。
ただ、彼がいないことそのものに対して、私の世界が少しだけ変わってしまっただけ。
「変わったことは、あんまりないかな。でもうちのお母さんがすごく心配しててね、
何度も電話してくるの。そんなに心配することじゃないと思うんだけどね」
それを聞いて、彼は笑顔を一瞬崩し少しだけ困ったような顔をした。
そして私は少しだけ後悔する。この話はするんじゃなかった。今は彼を困らせたくなかったのに。
「だって、大丈夫でしょ?
私も心配してたけど、平気みたいだし。ワクチンさえできればこんなところ早く出られるんでしょ?
全く何やってるんだろうね、厚生省は」
彼に笑ってもらいたくて冗談を交えて言ったけれど、彼はやっぱり困った笑顔で「心配、した?」と尋ねてきた。
「……うん、したよ。でもこうやって会えたし、大丈夫みたいだったから、平気だよ」
彼にはそんな顔をしてもらいたくない。彼には笑っていてほしい。そう思うのに、そう願っているのに、彼は、
「……嘘つき」
彼はいつだって、私に彼を困らせようとする。
「全然平気って顔してないよ。ここに来てからずっと、なんだか泣きそうな顔をしてる」
そう言いながら彼も泣きそうな顔をして、私は思わず――いや、ここに来てからずっとこぼれそうだった涙を、こぼした。
「……っ、なんで……なんでそんなこと言うの……!」
それでも彼に涙は見せたくなくて、袖に顔を押し付けて俯いた。
そんなこと言われたら、私は彼を困らせることしかできないのに。私は彼の前で泣いて、彼を困らせたくなんかないのに。
「俺は、君に一人で泣いてほしくないから」
溢れる涙を拭って、顔を上げる。でも涙は止まらず頬を一筋の涙が伝って、結局私は彼に涙を見せてしまった。
「悲しいなら、悲しいって言ってよ。泣きたいなら……泣いてもいいよ。君が無理して笑ってるのを見るのは、俺だって辛いよ」
そうして彼は、悲しそうに笑った。きっと彼も、とても悲しかったんだ。
そう思うととても悲しくて、涙が止まらなかった。
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