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愛のことば [作者:那音]

■4
 
なんで、彼がこんなウイルスにかかってしまったんだろう。
なんで、彼はこんなふうに隔離されなければならないんだろう。
なんで――私たちがこんなふうに引き裂かれなきゃいけないんだろう。
私たちが何かこんな仕打ちを受けるようなことをしただろうか。
それとも今まで幸せだった分、不幸になるべきだという神様からの思し召しなんだろうか? 
神様なんて信じていないけど、もしいるとしたら力の限りひっぱたいてやりたい。
だって、こんなのは酷すぎる。いくら神様でも、こんなのは、酷い。酷い。
彼は泣き続ける私を悲しそうに見つめ、それから私のほうに手を伸ばして――その指先は、私と彼を隔てるガラスに阻まれた。

「あ…………」

彼は私に届かなかった指先を傷ついたような目で眺めて、小さく「ごめん」と言った。

「俺は、君のこと泣かせたのに……君の涙を拭えない……。本当に、ごめん」

そのマイクにギリギリ拾われるぐらいの小さな小さな声で謝る彼は、まるで――私のように――泣いているように思えて。
私は彼に触れたかったけど触れられなかったから、だから私は、一生懸命に涙を拭った。
大丈夫。もう悲しくはない。私はまた彼に会えたし、またいつものようにしゃべれた。だから、それでいい。
神様が私たちを引き裂いたというのなら、私は神様なんか信じないし、神様に祈ったりしない。
私たちは引き裂かれてしまったけれど、また会える。またしゃべれる。だから、私はこれで充分。これで幸せ。神様なんかに、負けはしない。
悲しくなんか、ない。

「……もう、大丈夫だよ」

うまく笑えたかはわからなかったけど、泣きそうな顔をしえていた彼もまた笑ってくれて、私は、嬉しかった。

「ありがとう」

彼がそこにいてくれることが、そこで笑っていてくれることが、本当に嬉しいから。
そうして、十分間は過ぎていった。


 



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