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愛のことば [作者:那音]

■9

「うーん……、お兄ちゃんにそう言われると、大丈夫じゃないかも……」

耐えられないほどではないけれど、壊れてしまうほどではないけれど、それでも寂しいし、悲しい。それは、事実だ。

「なあ……お前さ……」

「うん」

兄は少しだけ躊躇いがちに言って、私はシナモンティーをもう一口飲んで、

「あいつと、別れたらどうだ」

「…………え?」

私はほとんど呆然と、兄を見た。

「……何、言ってるの……?」

兄はいつになく厳しい顔をしていて、動揺する私を、縋ろうとする私を跳ね除けようとしているように思えて。

「一ヶ月もお前を一人にして、お前をそんなふうにして、そんな奴にお前を任せておけるか。今まではいい奴だと思ってたけど、もう駄目だ」

「な……何それ……」

震える声が漏れた。兄は変わらず厳しい表情で続ける。

「それにあの病気、一ヶ月も治らないなんておかしいじゃないか。医学とかそういうのは詳しくないけど、
昔の結核とかみたいに今じゃどうしようもない不治の病なんじゃないのか」

「……でも、苦しんだり死んだりするものじゃない」

「そうじゃなくたって、血が青くなってるんだぞ。たとえ感染しないってことがわかって解放されても、後ろ指さされるに決まってる」

兄が言ってることはちゃんとわかってる。実際にそうなるかもしれないことも、ちゃんと理解できる。

「血が青い男と、これからずっと一緒にいるのか? 血が青い男と結婚するのか? 
血が青い男の――子供を産むのか? そんなの、お前はよくても誰も認めたりしない。少なくとも俺は、認めない」

兄は昔から私を見ていてくれて、私を思っていてくれて、私を大切にしてくれている。
そんなことはずいぶんと昔からわかってる。その言葉だって私を思ってのことだって、わかってる。

「血が青くなっても……血の成分や遺伝子が変わったりするわけじゃない。本当にそのまま色が変わってるだけだって、確認されてるじゃない……!」

だけど。
それでも。

「そういう問題じゃない。わからないのか? 血が青いなんてそんなのは――人間じゃないんだよ」

それだけは、許せなかった。
突き上げるような怒りにまかせて立ち上がる。椅子がひっくり返り店中の視線が私に集まったけど、そんなのはどうでもよかった。

「私が……」

怒りで視界が真っ赤になる。声が震えた。

「私がどんな気持ちで彼を待ってるのか、知らないくせに……!」

「知ってるさ」

兄は怒っているような悲しんでいるような声で、言った。

「だから、別れろって言ってるんだ」

もう、耐えられなかった。
私は手元にあったハンドバックを思い切り兄に投げつけて、兄の驚きよりも悲しそうな顔になんだか泣きそうになる。
だから私は喫茶店を飛び出して、後ろで兄が私を呼んだ気がしたけれど、かまわず走り続けた。
吹きつける風が、涙を乾かしてくれることを祈った。



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