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愛のことば [作者:那音]

■8

兄からの連絡があったのは、さらに二週間後、彼が病棟に入って一ヶ月が経ったときだった。
突然の兄からの電話を受けると、兄はすでにこの近くに来ているそうだ。
聞けば話したいことがあるから、大学近くの喫茶店で待ち合わせしようとのことだった。
三つ上の兄はすでに結婚して実家を継ぎ、立派に仕事をしている。
ちなみに実家からここまでは、新幹線で三時間の道のりだ。
全く来る前に連絡をくれたら駅まで迎えにいくのに、兄はそういうところが身勝手というか、適当だ。
でも兄に会うのは久しぶりだ。この間お盆で実家に帰ったときは、兄は奥さんのほうの実家に顔を出していてすれ違いになってしまったから、
連絡は取り合ってるものの顔を見るのは春休み以来、半年振りのことだった。
だから私は少しだけおしゃれをして、兄が待っている喫茶店に向かった。
兄は入り口からすぐのわかりやすい席にいた。兄は私に気付いて軽く手を振り、私はシナモンティーを頼んで兄の向かいに座る。

「久しぶりだね。三月以来でしょ」

「ああ、そうだな」

兄は柔らかく笑う。彼の優しい笑顔には負けるけど、それでも私が知る最大級に優しい笑みだと思う。

「髪、伸びたな。まだ伸ばすのか?」

「え……、ああ。ううん。切り忘れてただけ」

腰ほどまである自慢の髪を押さえながら答える。
そういえば、しばらく前から――丁度彼がいなくなったころから――髪を切ることなど忘れていた。
いつも通り振る舞っても、やっぱりこういうところに出るものだな、と思う。

「それで、今日はどうしたの? いきなり来て」

ウェイトレスが持ってきたシナモンティーを一口飲んで、話を切り出す。

兄は少しの間黙って、それから口を開いた。

「お前……大丈夫か?」

そのもはや聞き慣れた言葉に、キョトンとする。だってそんなのは、いつも電話で言ってるのに。

「……どうしたの? いつも大丈夫って言ってるじゃない」

「ああ。声聞いてる限りは大丈夫なように聞こえたけど、髪とか……少し痛んでるぞ。切るのも忘れてたみたいだし、本当に大丈夫なのか?」

ああ。やっぱり兄には全部お見通しなのか。
それも仕方のないことなのかもしれない。だって兄は小さいころから私を見てくれていたんだから。
私のほんの少しの悲しみだって見逃さないで、私の相談相手になってくれたんだから。

 



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