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愛のことば [作者:那音]

■16

「……なんで」

歩み寄り彼の前にぺたりと座ると、彼は私を見上げ泣きそうな顔でそう言った。

「なんで、来たの」

「なんでって……」

そう聞かれても、困る。

「私は、あなたを助けに来たんだよ。あなたがあなたらしくあの子を守ったから、私は私らしく、あなたを助けに来たの」

そう言うと彼は、とても痛そうな顔をした。彼のそんな顔を見ていると、私も悲しくなる。

「ね、行こう。外に出ようよ。道はわかるから」

だけど彼は、ゆるゆると首を振った。

「駄目だ」

「なんで?」

「足が……」

その時になって、私はやっと気付いた。
倒れている彼の足。それは床と崩れた瓦礫に挟まれて、動かせるような状態ではなかった。
瓦礫が食い込んだ足には青い血が滲んでいて、見ているだけで痛々しい。
どうして体を起こさないんだろうと思っていたけれど、そういうことだったのか。
彼の足を固定する瓦礫は幾重にも重なっていて、そのうちの一つでも取り除こうとすれば
あっという間に崩れて生き埋めになるであろうことは、一目瞭然だった。
つまり彼は、ここから動けない。

「……ね、だから、君だけでも逃げて。君だけならまだ間に合う。俺は大丈夫だから。
  消防の人が来てくれれば助かるから。だから君だけでも……早く……!」

彼は私の腕を押して何とか私を帰そうとする。その腕は強くて、だけど弱々しくて、泣きそうになる。
彼は私のことを想ってくれている。でも違う。そうじゃなくて。私の気持ちは、そうじゃなくて。

「嘘つき」

私はだから、初めての面会の時の彼のように、笑って言った。

「こんなところに一人でいて……大丈夫なわけ、ないじゃない」

ここは暗くて、私たちをゆっくりと死に向かわせる空気が充満していて、呼吸をするたびに、私たちはじくじくと死に侵されてしまうわけで。
こんなところに一人でいるなんて、私は怖くて怖くてたまらない。
きっと彼も――彼は強い人だけどそれほどまでには強くないから、きっと、怖いんだろうと思う。

「……怖いよ」



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