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愛のことば [作者:那音]

■2

そこはさすがに病棟なだけあって、病院のような消毒液の匂いとそれからある種の陰鬱な雰囲気が漂っていた。
コツコツと前を行く女性と、私の足音だけが白い廊下に響いていく。
女性はナース服ではなくかっちりとしたスーツ姿だった。彼女は看護婦ではなくて、私のように面会に来た人を案内する受付の人だ。

「面会室は、こちらになります」

彼女は一つのドアを開け、ほとんど無表情に言った。私は一応ありがとうございます、と言って中に入った。
そこは、まるで刑務所の面会室のようだった。
私から見て右手の壁上半分がガラス張りになっていて、その前にパイプ椅子がある。
刑務所と違うところはガラスに会話をするための穴が開いていないことぐらいだ。その代わり小さなマイクとスピーカーだけが置いてある。
これは空気感染を防ぐためガラスを完全に密閉しているから。つまり私は、彼の声を直接聞くことすらできないのだ。

「面会時間は十分です」

「……はい」

頷くと、無表情な彼女は黙って出て行ってしまった。あまり感じは良くない。
私はパイプ椅子に座り、しばらく待つとガラスの向こうの扉が開いた。
扉が開いた音はマイクには拾われず私には聞こえなかった。動きは見えるのに音が聞こえないガラスの向こうは、さながら別世界だ。
まず現れたのは蜂退治をするときに着るような、体を完全に覆った服とヘルメットをかぶった男性だった。
その姿は細菌研究をする医師を連想させて、その厳重さに驚き、それから恐怖した。
この病は、こんなにも危険なものとして扱われている。
この病では死にはしない。特に苦しむ症状も出ない。だから解明され、ワクチンさえ作られれば大丈夫だとどこかで楽観視していた。
でも違う。解明されていないということはつまり未知ということで、それはもしかしたら死に至る恐ろしい病なのかもしれないということだ。
病棟の厳重な姿勢は、私にそれを強く自覚させた。
そうして男性に促されて、私服姿の彼が現れた。彼は私の姿を見てあの私の大好きな笑顔を浮かべる。
私は、それを見てほっとした。少し青ざめて見えるのは血が青いせいであって、体調が悪いわけではない。それ以外は全然変わってなかった。
未知の病をその身に抱えても、彼はほんの少しでも変わってなどいない。
やつれていたり笑ってくれなくなっていたらどうしようと思っていたけれど、杞憂だったようだ。だから私も笑顔を返す。
男性は扉の前に直立して留まり、彼はガラスの向こう側の椅子に座った。

「久しぶり、かな?」

「三日しか経ってないのに?」

からかうように言うと、彼はくすぐったそうに笑った。彼の笑い声はスピーカーを通して聞こえて、なんだか少しだけ寂しくなる。

「前はほとんど毎日会ってたんだしさ。三日会ってなかっただけで久しぶりって感じちゃうんだよね」

彼はからからと楽しそうに笑う。
三日。できればすぐにでも会いに行きたかったけど、この三日は検査だのなんだのと面会謝絶になっていた。
全く酷すぎる。三日も会わなかったことなんていつ以来だろう。多分去年彼が研修でいなかったときぐらいだ。

 



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