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愛のことば [作者:那音]

■14

正面玄関前には、さっきよりも多くの人が集まって人だかりができていた。
ただ消防車は来ていない。遠くから微かにサイレンの音が聞こえる。もうすぐ着くのだろう。でも、それじゃ遅い。

「ちょ……ちょっと、あんた!」

ふいに知った声がして顔を上げると、人だかりの中からあの数少ない私の友達が駆け寄ってきた。
そういえば、家がこの近くだと言っていたような気がする。

「来てたんだ。びっくりしたよ。家の近くで煙あがってんだもん。……彼氏は?」

「まだ、中にいるの」

さっと彼女の顔色が変わった。
彼女は玄関から大量の煙を吐き出す病棟を見て、それからきっと清々しい顔をしているのであろう、私を見た。

「あんたまさか、助けに行こうなんて考えてないでしょうね」

ああやっぱり、彼女には全てお見通しか。

「ごめん。そのまさか」

そういうと彼女は、とても辛そうな顔をした。

「……駄目よ」

そうして搾り出したようなその声は、苦痛に満ちていて。
きっと、彼を失いかけている私を思って、そんなに苦しんでくれているんだろう。痛がってくれているんだろう。

「行きたい気持ち、わかるよ。でも駄目だよ。あんなところに入るなんて無謀にも程がある。
  なあ、もうすぐ消防車が来るから。そしたら、彼だって助けてくれる。あんたが行くより、プロに任せたほうがいいと思わない? なっ」

本当に、彼女は優しいなと思う。こんなに優しい彼女の友達であれて、本当によかったと思えた。

「……ごめん。それじゃ駄目だってこと、わかるでしょ?」

そういうと彼女は痛いところを突かれたように押し黙った。
彼女は優しいから、わかっているのだ。私の彼が、どんな人間なのか。
私が、どんな人間なのか。私と彼を温かく見守ってくれていた彼女は、わかっているのだ。
そして私という人間が、今この状況でどういう行動に出るのかも。

「私は、彼のところに行かなきゃ駄目なの。だから、ごめん」

彼女はとても辛そうに顔を俯かせて「……馬鹿」と小さく呟いた。

「出てこなかったら、あんたの彼氏共々ぶん殴ってやるからね」

ほら。やっぱり彼女はわかってくれている。自分よりも彼を殴らせたくない私は、彼女の言うとおり出てこなくてはならないのだから。
だから出てこなかったら殴ることはできないよ、なんて茶々はいれずに「……うん」と頷いた。

「ごめんね。でも、ありがとう!」

そうして私は、どす黒い煙を吐き出す正面玄関へと、飛び込んだ。



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