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愛のことば [作者:那音]

■10

家に帰ると、すぐにベッドに向かい枕を抱きしめてうずくまった。
ドクドクと心臓が高鳴っている。何も考えたくなかった。何も考えずに眠ってしまいたかった。それなのに目は冴えて、眠れない。
兄の言葉が頭から離れなかった。
兄と喧嘩したことも兄にあんなことをしてしまったことも悲しかったけど、それ以上に兄の言葉が、何より辛かった。
後ろ指さされるに決まってる、とか。少なくとも俺は認めない、とか。――人間じゃない、とか。
まさか今までずっと私たちを認めてくれていた兄から、そんな言葉を聞くとは思わなかった。
兄はずっと私と彼を認めて祝福してくれていて、それはずっと永遠に変わることなどないのだと思っていた。
私と彼はずっと愛し合っていて、兄も両親もそれを祝福してくれて、この先にはずっと明るい未来があるのだと、そう思っていた。
それなのに。それは今ガラガラと崩れて、もう跡形もない。
それはただの無邪気な空想であったのだと、あまりに脆く不安定な地盤の上の夢だったのだと、突きつけられた気がした。
ふと、枕元に広げた便箋に目がいった。
その傍らに置かれた封筒には「消毒済」の判子が押してあって、その手紙は私宛で、送り主は――彼だった。
私は時々彼に会いに行くけれど、その十分間では話し切れないこともたくさんあって、
だから私たちは手紙を書くことにしていた。受付で渡した手紙は彼の元に届き、彼の手紙は消毒されて受付で私に渡される。
なんとなく手を伸ばして、便箋を取る。そこに書かれている字は綺麗で、正真正銘彼の字だった。

『そうだなあ。ここから出れたら、モンゴルに行きたいな』

とある一文が目に入る。これは私が帰ってこれたら二人でどこかに行こうね、と手紙に書いたことへの返事だった。
私は奮発して沖縄か北海道かなと考えていたのに、彼はいきなり海外で、初めて目を通したとき笑ってしまったのを覚えている。
モンゴル。そういえば彼は、常々モンゴルに行きたいと言っていた。
地平線が、見たいのだそうだ。遥か彼方まで広がる大地と空の限界。それを、死ぬまでに一度でいいから見たいのだと言っていた。
彼らしいと思った。自然を、世界を愛してる彼が、いまだ見ぬ本物の地平線に惹かれるのは、なんだか当然のように思えた。
だから私も、彼の隣で地平線を見たいと願っていた。
モンゴル。――彼と一緒に、ここに二人で逃げてしまおうか。それなら血が青くたって、二人でずっと一緒にいられるだろうか――
便箋に、ぽたりと涙が落ちた。
 
――ねえ。

「早く、帰って来てよ……」

早く帰って来て、こんな間接的じゃない、もっと直接的な愛で私を包んでよ。
病なんか、周りの目なんか全然気にならないぐらいに、たくさん私を愛してよ。
そうじゃないと私はもう、耐えられないよ。
涙は溢れて止まらなかった。涙なら、彼のところで流してきたと思ったのに。
どうしてなんだろう。
どうしてこんなことになってしまうんだろう。
どうして私が、こんなに悲しい思いをしなければならないんだろう。
枕に顔を押し付けて、泣いた。
涙を枯らすように、もう泣かなくてもいいように、ずっとずっと泣き続けた。

でも、結局は駄目だったのか。
それとも私は、最初で最後の幸運を拾ったのか。
もしかしたら人は、私を不幸と言うかもしれない。
だけど、それでも、私は――



 



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