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愛のことば [作者:那音]

■6

彼の片鱗は日常生活のどこにでも顔を覗かせた。

「彼氏が注文した本が来たんだけど、どうする?」

大学の図書館で本を借りると司書さんがそんなことを聞いてきて、一瞬思考が止まった。
そういえば、彼は読みたい本があるとここに取り寄せてもらっていた。また、頼んだんだ。

「貸し出してもらえますか? 彼に渡しておきますんで」

「返ってこないと困るよ?」

「それは大丈夫です。ちゃんと消毒して返ってくるんで」

彼に貸した私の大学ノートなどは「消毒済」と書かれた袋に入れられて返ってくる。
感染経路が不明のウイルスに感染しているのだから当然の処置なのだと思うけど、
彼が触れた痕跡さえ洗い流されてしまったようで、少し悲しくなる。

「あー……、そういうわけで言ったんじゃないんだけど……」

「いいんです。気にしてませんから」

そうして司書さんが貸し出してくれた本は、ドストエフスキーの「死の家の記録」だった。
そういえば彼は罪と罰を読んで以来ドストエフスキーにハマってしまって、ドストエフスキー作品を全て読破すると言っていた。
そうじゃなくても彼はシェイクスピアとかアガサ・クリスティとか完全に読破してるのに、よく読むなあと思う。
でも夏目漱石とか森鴎外とか芥川龍之介とかを読破してる私に言われたくないと思うけど。

「あんまり、気ぃ落としちゃ駄目だよ」

心配そうな司書さんにそう言われて、思わず笑みが浮かんだ。

「……ええ。大丈夫です」

彼女といい、司書さんといい、

「彼が帰ってきたら、また一緒に本借りに来ますよ」

私の周りの人は、みんな優しすぎる。

 



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