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死神の岬へ  [作者:直十]

■4

  それはゆっくりと畑のほうへ進み、青年もそれに気づいて手を止める。
  それは青年の前を通り過ぎて、やがて畑を越えたあたりで輪郭を失い、煙が流れ出すように空気に滲んで消えた。
「なあ、あれ、なんなんだ?」
  手を止めたまま人影が消えたあたりを見つめている青年に尋ねると、青年は視線を慶吾に向けて言った。
「人間の、死んだ魂……かな」
  その言葉に、少し驚いた。
「……幽霊ってやつか?」
「うん。多分そうだろうね」
  青年はまた人影が消えたあたりを見て、慶吾もそれにつられてそこを見る。
  そこから人影がまた現れるわけでもなく、そこにはここと同じ風が吹いているだけだ。
「俺、そういうの今まで見たことないんだけど、なんでここに来たら見えるようになったんだ?」
「そりゃ、あれはここにしかいないから。あれは誰の目にも見えるものだよ。ただここ以外の場所にはいないだけ」
  慶吾は小さくふうん、と頷く。
「……じゃあ、なんであれはここにしかいないんだ?」
「うーん、そうだな……。多分ここが、死に満ち溢れてるから。だからここを天国と勘違いした死んだ人が、時々やってくる」
  何気なく言った青年の言葉に、慶吾は目を見開く。
  だけどすぐに納得したような、もしくは午前中の玲奈のそれに似た、どこかすべてを諦めてしまったような顔をした。
「やっぱり……ここはこの世じゃないのか……」
  死に満ち溢れているなんて、地球上のどこかであるはずがない。
  青年の異様な容姿やさっきの人影で多分違うだろうなとは思っていたが、そうだとわかると諦観さえ湧いてくる。
  ここはきっと、あの世とかそういう類のところなんだろう。
「違うよ」
  だけど、意外にもそれは否定された。
「勘違いする、って言ったでしょ。ここは天国とかそういうところとは違う。さっき魂が消えたのを見たろ。
本来あの世にいるべき魂がそれ以外の場所で長くは生きられない。だから消滅しちゃったんだ。それがここがあの世じゃない、何よりの証拠」
  本来水の中にいるべき魚が陸に上がれば、やがて魚は死んでしまう。
  つまりそれが、陸が水の中ではないという証拠になる。これはそういうことなのだろう。
「……なら、ここはどこなんだ?」
  ここはあの世ではない。かといってこの世でもない。ここはとても曖昧で不安定で、とても恐ろしく思えた。
「とりあえず、生きている人間の世界ではあるよ。ただ今までけーごくんたちがいた場所とは少しずれたところに存在はするけどね。
生で溢れた世界の、死に満ち溢れた場所。言ってみればこの世とあの世の境、ってことになるのかな。
でも安心して。ここは死に満ち溢れてるけど、ここにいたら死ぬわけじゃない。
けーごくんを殺すような誰かがやってくるわけでもない。ここで確かに、けーごくんは生きてるよ」



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