死神の岬へ [作者:直十]
■9
青年は海から汲んできた海水を特殊な鍋で煮ていた。
畑に青年がいないことに気づいた慶吾は、青年の姿を探しやがて台所のかまどの前に座る青年を発見した。
そうして暇だったからそばでそれを眺めている。青年は慶吾に気づいているようだったが、
慶吾が椅子を引っ張ってきて少し離れた所に座っても何も言わなかった。だから慶吾は椅子に前後逆に座ったまま、ずっとそれを眺めている。
一見筒にしか見えないその鍋の中には三枚の皿があり、一番下の皿にはろ過して不純物を取り除いた海水を、
一番上の皿には冷えた水を入れる。そうして後は火を焚きながら海水が減れば足し、水が温くなれば交換し、
真ん中の皿に水が溜まれば盥に移す。それの繰り返し。
その作業を初めて見る慶吾でも、青年が何をやっているかはわかった。
海水を塩と真水に分けているのだ。海水を煮て出た水蒸気が冷水に冷やされて水になり、真ん中の皿に溜まる。
それをずっと繰り返していると、やがて一番下の皿には塩が残る。
「それ、いつもやってんのか?」
慶吾が声をかけると、青年は少し驚いたような顔をして振り返った。でもすぐに顔を戻して答える。
「……そうだね。塩が少なくなってきた時ぐらいしかやらないから、いつもというほどじゃないけど」
青年はまた海水を足す。それで汲んできた海水はすべてなくなった。
「じゃあ……ずっとこういうことしてるのか? 生まれてから、ずっと」
その問いに青年は少し沈黙して、それからまた、だけどゆっくりと振り返った。
「聞きたいのかい? 僕のこと」
その目は今まで見たことがないほどに真剣だった。以前はぐらかしたこともあり、やはり自分のことはしゃべりたくないのか。
「……別に、話したくない事情があるなら無理して聞こうとは思わないけど」
本音だった。だけど青年は真剣な目から一変して、ちょっと困ったような顔をした。
「うーん。そう言われると別段事情があるわけじゃないんだけど……」
どっちなんだろう。
「なるべくね、ここに来る人には僕の影響を与えたくなかったから。僕の話を聞けば少なからず僕に影響されちゃうからね。
生きるか死ぬかっていう選択に、あんまり影響は与えたくないんだ」
死神みたいなものなんだけどね、と苦笑し続ける。
「その人の命は、その人だけのものだよ。そういう選択ぐらい、何の影響もなく決めさせてやりたいから」
青年は言いつつ一番下の皿に棒を突っ込みかき回す。ざりざりという音が聞こえた。もうほとんど固体になっているらしい。
「でもそれは僕の理論だし、君が別に影響されても構わないって言うなら話してもいい。
それに僕もそろそろ、知ってもらう人が必要なのかもしれないしね」
青年はかまどの中の薪を崩して火を消した。タオルを手に巻いて、塩が溜まった一番下の皿を引っ張り出す。
「で、どうする? 聞く? 聞かない?」
どこか、幸福に満ちたような表情の青年に、
「……聞く」
慶吾はゆっくり頷いた。
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