死神の岬へ [作者:直十]
■5
どこか屈託のない笑顔で、青年は慶吾を見つめて言った。
ただ慶吾はそれを子供のような、とは感じなかった。天使か、もしくは悪魔か。或いは――死神、か。そんな笑みだった。
「……さてと、そろそろ夕食の準備しなきゃ」
青年は鍬を担ぎ、慶吾に背を向け歩き出す。
「待ってくれ」
その背に、慶吾は声をかけていた。青年が振り返る。
「最後でいいから、答えてくれ。……じゃあなんで俺たちは、ここに入ってこれたんだ?」
その問いに、青年は少しだけ憐れむような顔をして、
「……ここは、死に満ち溢れてる。だから本当に稀に、死を求める人間が迷い込んでくるときがある。
死の匂いを感じ取ってね。……そのことをけーごくんはもう、わかってるでしょ」
慶吾はわずかに瞠目する。だけどすべてを見透かしているような青年の顔を見て俯いた。
そうだ。わかっていた。自分が死に場所を求めてここにやってきたことぐらい、わかっている。
ここに満ちた死の匂いに引き寄せられてやってきたことぐらい、わかっている。
だけど自分はここでずるずると、まだ死なないでいる。
ここがあの世だと思い込もうとして、自分はもう死んでいるんだと思い込もうとして、死にに来たくせに、生にしがみついている。
知らず、ぎり、と歯が鳴いていた。
「でも、いいんだよ」
だけどそんな慶吾を救うように、青年は優しい声で言う。
「けーごくんは、ここで死ななくちゃいけないわけじゃない。
ここでも十分に生きられるし、ここから出ようと思えば出ることもできる。
僕はある意味じゃ死神みたいなものだけど、けーごくんに死を強制したりしないから」
慶吾はその言葉に、とても辛そうな顔をした。なんだか、もうどうすればいいのかわからない。
自分の気持ちがわからなかった。確かに死にたいと思ってここに来たのに、今ではあまり死にたいとは思えない。
かといって生きたいとも思えない。どうすればいいのか、わからない。
「……これからどうするのか、ゆっくり考えるといいよ。ここにはあんまり時間の概念がないから」
青年の言葉が染みる。優しくされるのも、なんだか憂鬱だった。
「……じゃあさ、なんであんたは、ここにいるんだ……?」
青年はそれに小さく笑い、人差し指をゆっくり口の前に立てた。
「最後でいい、って言ったでしょ。その質問はもうオーバーしちゃってるなあ」
それからはもう何も言わず、今度こそ慶吾に背を向けて歩き出した。
慶吾は複雑な、だけど酷くぼんやりとした気持ちのままその背中を見つめていた。
黒マントに鍬を背負ったその背中は、鎌を背負った死神にとてもよく似ていた。
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