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死神の岬へ  [作者:直十]

■3

  青年の家で昼食を済ませた慶吾は、何もすることがないのでぶらぶらとその辺を歩いていた。
  食事を終えると青年は三人分の食器を洗い始めて、玲奈は外へ出て行ってしまった。
  慶吾は洗い物を手伝おうとしたけれど、青年に断られて仕方なくまた外に出てきている。
  盗んだ車で街を出たあと、かなり適当に車を走らせて辿り着いたのが、この岬だった。
  丁度車のガソリンもなくなり岬を彷徨っていた時に出会ったのが、あの青年だった。
  青年は見ず知らずの二人を自分の家に迎え入れ、移動の手段もない二人は断れずにここにいる。
  二人がここに留まりはじめて、もう三日になる。
  慶吾は空を見上げた。自分たちが暮らしていた街から車で行ける距離の場所とは思えないほどに、澄んだ空だった。
  慶吾はこんなにも澄んだ空を知らない。それほどに、綺麗な蒼だった。
  視線を下ろすと見えるのは、風になびく碧い草原と、やっぱりその向こうに広がる海。
  まるで、日本ではないような綺麗な景色だった。
  いや、と思う。実際、本当にここは日本ではないかもしれない。
  それどころかこの世ですらないのかもしれない。だってここはこんなに綺麗なのに、誰もいない。
  岬なら、灯台ぐらい建っているだろう。多少なり人がいるだろう。それなのにここには、なにも建っていないし、だれもいない。
  あるのは草原と海、それに田畑と青年の家。そして、青年がいるだけ。
  慶吾は正直、自分がどうやってここに来たのか覚えていない。
  適当に車を走らせていたせいでもあるのかもしれないが、ふと気づけばここにいた。この草原のど真ん中に。
  ふらりふらりと歩いていた慶吾はふと畑の前に出たことに気づいた。その畑の真ん中で、マントを着たままの青年が鍬で土を耕している。
  慶吾はそこに座りその様子を眺めることにした。
  すると青年は慶吾に気づき、にこりと笑顔を向けたけれど何か言うこともなく、また畑を耕し始めた。
  青年は、何故なのかいつもあの黒いマントを着ている。まるで何かの義務のように、眠るときでさえ。
  一振り一振り、鍬を振り下ろすたびにマントよりもなお黒い髪が揺れる。
  それも特徴的なものだと思うが、それ以上に目を惹くのは、まるで澄んだ湖面のような薄い蒼の瞳。もしくはそれは、この綺麗な空に似ていた。
  歳は二十代半ばほどだろうか。精悍な顔立ちと細い体格に、黒いマントはあまり似合っていない。
  ふと慶吾は何かが自分の横を通り過ぎるのを感じて顔をあげた。
  それは、白い人影だった。明らかに人間ではない。大まかな輪郭は人間のものだが、その全てが、白い。
  まるで人間の輪郭に煙を流し込んだようなものだった。
  顔もわずかな凹凸があるだけで判別がつかず、男か女かもわからない。だけど、ただ動いている。
  慶吾は何度かそれを見たことがある。ここに来てから一日に二・三度は見かけた。
  それはどうやらここではそう珍しくないもののようで、青年はこれといって騒ぐわけでもなく野良猫でも見るような目でそれを見ている。



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