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花泥棒  [作者:優]

■2

「本当?美しい?ふふ…嬉しいわ。」

店に入ってきた女性――《加戸 玲奈(かと れいな)》が少し笑って答えた。悪女と呼ばれたことは別段気にしていないようだ。
店長はカウンターから出て玲奈の前へ歩み寄り、今日は天気が良い、とか朝の散歩中に大きな犬を見た、などの他愛もない話を始めた。
玲奈は笑顔でその話に相づちを打つ。
玲奈が声をあげて笑ったり、店長が大げさなジェスチャーで話をしている中、秀だけが下を向いて黙っていた。

数分経ち店長の話のネタが尽きてきたころ、玲奈が突然「ねぇ、あれ。」と言い入り口を指差した。
玲奈の指す方向には小鳥が数羽おり、店の前でピョンピョン跳ねている。まるで中を覗いているようだ。
その可愛らしい小鳥を見て店長がすこし慌てた。

「おぉ!いかんいかん、あいつらに餌をやらにゃぁ!」

店長は玲奈の横を通り抜け、入り口にかけてある袋を取り、ドタバタと外へ出て行く。
小鳥たちは店長が外へ出ると羽を広げ、嬉しそうにピイピイと鳴いた。
この小鳥たちは店長によく懐いている。小鳥だけでなく、この町には店長に懐く動物が多かった。
店長の花や小鳥や犬などの動植物を愛す優しい性格が、小鳥などの小動物に懐かれる原因だろう。
彼はこの性格に小太りの熊のような体格だったため、この町で密かに“吹樹のくまさん”と呼ばれていた。

店長が袋の中のパンを小さくちぎって小鳥にやるのを見た後、玲奈は秀の方を向いた。
秀はまだ下を向いている。

「なんで下向いてるの?」

玲奈が不満げに漏らしたが、つぶやくような小さな声だったので秀の耳には届かない。
玲奈はふぅ、とため息をつき秀のところへ向かって歩き始めた。秀は玲奈の靴の音に少し反応したが顔を上げて玲奈の顔を見ることは無い。
玲奈はカウンターの前で足を止めた。しかし秀は下を向いたままだ。玲奈も喋らない。
店の中は外からの店長と小鳥の声だけが響いている。


「うわ!!」

突然秀の声が店内に響いた。
その声と同時に秀は体を思い切り後ろにのけぞらせていた。玲奈は目を丸くして秀を見ている。
外にいる店長には秀の声が聞こえなかったらしく、楽しそうに小鳥たちと戯れていた。
秀の心臓はまだバクバクと激しく波打っていた。二人の間に長い沈黙が流れる。
その間に店長が鳥たちへの餌やりを終え、店の中に入ってきた。しかし店の中の静かさに驚き、扉を半開きにしたまま立ち止まった。
外からパンの匂いのついた風が吹き込んでくる。

「……ふふふっ」

店内にこだました玲奈の笑い声がこの沈黙を破った。
秀はその笑い声で二人の間に張りつめた驚きと戸惑いの糸が切れたように感じた。
秀の体の力が抜け、筋肉が 緩む 。心臓もいつものリズムに戻っていく。
玲奈は右手で口、左手で横腹を押さえ苦しそうに笑っている。店長は状況をさっぱりつかめず、目をパチクリさせている。
秀は玲奈を見つめ、目をそらそうとはしなかった。



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