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花泥棒  [作者:優]

■4

秀がこの言葉を聞くのは今回が初めてではない。
しかし秀にとって玲奈の言葉は何度聞いても慣れないものであり、そして辛いものであった。
秀の顔が曇る。玲奈は口元に笑みを浮かべていた。

「またか!これで何回目だぁ!?」

突然店長が叫んだ。普段より声が大きい。

「そうね…今月に入ってからは…」

「真面目に数えんでいい!」

店長は指を折り数を数えていた玲奈を止めた。玲奈は驚いて店長を見ている。

「まったく…冗談も通じんのか。
こんな女に振られた男も可哀想になぁ。今頃泣いてるぞ。あぁ、悪女に騙されたってな。おー怖い怖い。」

そういってガタガタ震える仕草をする店長を見て玲奈はため息をついた。

「ほっといてちょうだい。心配しなくても泣いてないわよ、きっと。それに店長は悪女の眼中に無いから安心して。」

「ばっかもん!お前なんぞに騙されるもんか、不細工め!」

「なんですって!さっきは美しいって言ってたじゃない!」

「あれはお世辞と言うのさ。勉強になったな、馬鹿め!」

店長はがははと勝ち誇ったように笑った。
まぁ、何て失礼な人!と言って玲奈は店長を睨みつける。

この他愛もない口喧嘩をしている二人を秀は立ったまま見ていた。
秀はこの口喧嘩に加わらない。加われないのだ。
加われば何かが崩れ落ちる…秀は自分の本能がそう警告していると感じていた。
よってこの手の口論はいつも玲奈のあの言葉から始まり、玲奈と店長の口喧嘩に発展し、
秀はそれをただ傍観するという形式で行われていた。

「もう!店長となんかとは絶交だわ!」

「おう、そりゃ願ってもない。早く視界から消えてくれ。」

この台詞も店長が玲奈を追っ払う仕草をするのもこの喧嘩の定番である。

「そうね。今日は吹樹原に行く予定だし、丁度いいわね。」

玲奈はプイと店長から顔を背け、入り口へスタスタと歩いていった。
扉を勢いよく開け外に出る。
そして振り返ると悪戯っぽい笑顔で「さようなら。」と言い、扉を開けたまま去っていった。
店長は玲奈が外に出た後もずっと笑顔だったが、玲奈の姿が見えなくなるとそれも消え、呟くように言った。

「あの言葉を聞くのも飽きたな…。追いかけるなよ、秀。」

「……分かってる。」

店長の背中に返事をした秀はふと店内の空気が冷たくなったのを感じた。
開け放した扉から外の空気が流れ込んでいるのだろう。

(明日は雨かな…)

冷たい風を感じながら秀はさきほどまで座っていた椅子に座り上を向いた。
そして何度も自分の胸に突き刺さった玲奈の言葉を繰り返す。



「一人になりたい……」



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