スピッツ歌詞研究室 オリジナル小説
スピッツ歌詞TOPオリジナル小説花泥棒TOP>花泥棒_01

花泥棒  [作者:優]

■1

都心から少し離れた場所に《吹樹町(ふきぎまち)》という町がある。
吹樹町のある原っぱには昔から多くの花が咲いていた。
町に住む人たちがその原っぱを大切にしてきたのでいつでも、どんな時代でも町の花が絶えたことはない。
近代化が進んだ現在も吹樹町には広い花壇を持つ家が多く、町のどこを歩いても花の香りが漂っている。
そのため吹樹町は“花の住む町”という別名を持っている。

――今年も吹樹町は花の香りに優しく包まれている。




春。
暖かい午後の風が吹樹町を吹き抜けるころ、人気の少ない道路脇に少しだけ背の高い男が立っていた。
男は白いTシャツに灰色のジャージ上下を着ている。目の前には花壇があり、色とりどりの花が風に吹かれていた。
男は花壇の前で腕組みをし、目をキョロキョロと動かしながらつぶやく。

「チューリップ、アネモネ、デージー、スイートピー……。…全部駄目だな…。」

小さなため息をつくと、男は花壇から離れ歩き始めた。
花壇の花は男が去った後もゆらゆらと揺れていた。





数分歩いた先に小さなフラワーショップがあった。
入り口の上に置かれた看板には【フラワーショップすみれ】と書かれてあり、
店の外には木製のベンチのようなものが数個ある。その上には小さな花が鉢に植えられ並べられていた。
男は右手をあごに当て店を見つめている。しばらくすると、男は手を下ろし店の中へと入っていった。



店の中は意外と広く、外よりも多くの種類の花がバケツに分けられている。
奥には冷蔵庫のようなものがあり、まだつぼみの花が置かれていた。

「秀!今日は遅かったな!」

その声で入り口付近で辺りを見回していた男――《海藤 秀(かいどう しゅう)》は動きを止めた。
店のカウンターに座っている、この店の店長の中年男性が陽気な声で秀に話しかける。

「見ての通り、まだ悪女は来てねぇぞ。今この店はお前の貸し切りさ!
この時間はみんな昼寝かおやつだからな。きっとあいつも寝てんだろうよ。
…ん、なんだ、もうあいつに会ってきたたのか?」

「いや…会ってないよ。今日はまだあれを見つけてないんだ。彼女がいなくて良かった。
ここに入る時も躊躇ったんだ。…悪女がいたらどうしよう…ってね。」

秀は奥に進みながら低い声で答えた。途中すみれの鉢を見つけ手に取った。

「ははは!秀も懲りないヤツだな!お前さんはキレイな顔してんだから、
あんな女よりもずっと良い女捕まえれるだろうに。」

秀はすみれの鉢をカウンターに置き、店長の隣に座った。
少し太り気味の店長にはぴったりの椅子は、細身の秀には少し大きい。

「どうかな…。今までの恋は全部向こうから別れを切り出されてるんだ。一緒にいてもつまらないって言われてね。」

「そりゃあれだ、捕まえた後が駄目なんだよ。愛想悪いからな、秀は。
……あ、いや、まあ、最近はだいぶましだよ、うん。ただ人見知りが激しいだけだもんな。うん、成長してるしてる。」

一人で秀のフォローをする店長を見て秀は微笑んだ。

「人を目の前にすると駄目なんだよ。変に力入っちゃうから。
…僕を圧倒するくらい明るい人なら自然に話せるんだけど。店長とか…そう、悪女とかね。」

「何言ってんだ。お前はあいつに振り回されてるだけじゃねぇか。あれを追いかけるために大学も辞めて、金も使い果たしちまって。
ハッキリ言うが、はたから見てると馬鹿だぞ。」

はは、厳しいな。と言って秀は頭を掻いた。
そのとき店の入り口が開けられた。誰かが店の中に入ってくる。その人物を見て秀と店長は顔を見合わせた。
あいつが来た。そんなアイコンタクトをとった後、秀は背中を丸め下を向く。
店長は立ち上がり、店内中に響くほどの大きな声でその客を迎えた。

「いらっしゃい!いやぁ、今日も変わらず美しいですね、悪女さん!」



↓目次

【1】【2】【3】【4】【5】【6】【7】【8】【9】【10】【11】【12】【13】