花泥棒 [作者:優]
■9
次の日秀がフラワーショップすみれに行くと、店長が相変わらずのテンションで迎えてくれた。
「よお!おはよーさん。昨日はどうだった、ビンタの5つや6つくらったか?」
「そんな痛いことされてないよ」
「そりゃー良かった。昨日の秀はえらく吹っ切れてたなぁ。どうしたんだ」
「ん?えー、なんて言うのかな…"初心にかえった"ってやつ?」
「初心ね。確かに昨日の秀は昔の若々しさがあったな。気持ち悪い」
「傷付くな…そういや昨日も言われたな」
「秀」
急に名前を呼ばれた秀は驚き、背筋をピンと伸ばした。店長の顔は昨日のように険しかった。
「お前な、あいつでいいのか?あいつは…玲奈は、やっかいな病気にかかってるぞ」
「…知ってる」
店長の言う"病気"が肉体的なものでは無く、精神的なものであることも、秀にとってそれは限りなくやっかいなものであることも理解していた。
「お前は…玲奈に愛してもらえないかもしれないんだぞ。いや、むしろそっちの可能性のほうが高いかもな。
…あいつがどうして"本気で人を愛せない"のかは知らねぇ。きっと本人も知らんだろう。あいつは人を愛する喜びを知らない、孤独なやつだ。
しかもプライドが高いから人前で弱音を吐かねぇし、頼ってこねぇ。
…本当にやっかいだよ」
(…知っている。その悲しいプライドの高さも、今までに何度も人に好きになろうとして失敗していることも知っている。
昨日も、初めて会った日もその"病気"のことで泣いていたことも、"一人になりたい"と言うときの笑顔の裏に影があることも)
「あいつは…本当にキレイな花だよ。誰もそのキレイで孤独な花を摘み取れてねぇ。今までに一人も、だ。
…それをお前ができるのか?うまく摘み取らなかったらあいつもお前も枯れちまうぞ」
秀は拳を握り締めた。
「分からない…。けど、まだ枯れてないんだ。まだ」
か細い声だったが、はっきり言った。
しばらくの沈黙の後、秀はふっと顔をゆるめ行ってくるよ、と言い入り口へ向かった。
「秀」
「ん?」
「去年の今頃にな、5丁目の谷さん家の花壇の花がそりゃあもう見事だったぞ」
秀はわずかに頷いて店を出た。
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