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花泥棒  [作者:優]

■3

「今の見た?とても可愛い反応だったわね!」

玲奈が笑いをこらえながら店長に同意を求めた。

「見たさ!秀があんなに驚くのは珍しいな。何があったんだ?可愛い秀ちゃん。」

可愛いと言われて素直に喜ぶ男は滅多にいない。秀は玲奈の「可愛い」に同意の態度を示した店長を軽く睨んだ。
しかし店長は秀の睨み顔など何ともないのだろう、ニヤニヤと秀の答えを待っている。
秀は眉間にしわを寄せたまま「顔が…」とだけ言った。
これだけでは話がつかめないので店長も困ったようだ。しかし秀に続きを話す気配は無い。

「あのね、」

玲奈が答えた。笑いはほとんど収まったらしいが、まだ目尻には涙が溜まっている。
店長は期待の眼差しで玲奈を見た。

「ずっと私を見ようとしてなかったみたいだから、私が近づいて、顔をのぞき込もうとしたの。
のぞき込んでる途中に顔上げたと思ったら急に叫んで…」

ここで玲奈は力尽きた。再び笑いがこみ上げてきたのだ。あ〜もう、お腹痛いと言いながら玲奈は体を小刻みに震わせた。

「なんだ、そんなことか。女の顔が目の前にあったぐらいであんな 情けない顔になるとは、大人の男としてまだまだだな、秀。」

店長はいつもより渋い顔で決めた。…つもりだったが、前に出たお腹がその渋さを見事に打ち消してしまっていた。


「ねぇ。」

店長を見て静かに笑っていた秀は玲奈の急な呼びかけに驚いた。
見ると先ほどまでカウンターから二、三メートル離れたところで笑っていた玲奈が、いつのまにか目の前に立っている。

「今日はこのすみれ?……ここの売り物みたいだけど。」

玲奈は手に持ったすみれの鉢を秀に差し出す。今日秀が店に入ったときにカウンターに置いた鉢だった。

「おいおい、店のものに勝手に手ぇ出すなよ、秀。」

秀よりも先に店長が答える。

「えっ、いや違ッ誤解…あの、まだ…その…」

「見つけてないのね。」

言いにくかったことを玲奈にズバリと当てられた秀は座ったまま背筋をピンと伸ばした。

「い、いや、今から、 吹樹原に行って 、探そうかと……」

秀の言葉は尻すぼみになった。咄嗟に嘘を言っても玲奈には通用しないと感じたのだ。
しかし玲奈の反応は秀の予想を裏切った。

「私もそこに行こうと思ってたのよ!」

玲奈の意外な返事に秀は戸惑ったが、心の中で嘘を言った自分を褒めた。
そして椅子から立ち上がり「今から行きますか?」と言いかけたがその言葉は途中で止まった。
玲奈が秀に向かって“待て”のポーズをとっていたのだ。

「今日はもういいわ。いいものが見れたし、許してあげる。それに…」

いいものとはさっきの自分の反応のことなんだろうなと思い秀は下を向いた。
何であんな反応をしたのか、と自分を責めた。
また同時に玲奈の自分を「許す」という言葉にこの上ない安心感を感じていた。
しかし玲奈の次の言葉でこの羞恥心も安堵も消え去った。



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