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夜を駆ける [作者:すず] ■十 一時四十五分。道の向こうから二つのライトが近づいてくるのが見えた。 バスが停まり、ドアがゆっくりと開いた。男のひとはバスの入り口に片足をかけ、わたしのほうに振り向いた。 「寂しい想いをさせてごめんね。マキ。」 そして、男のひとの最後のことばで、わたしは全てを悟った。 「でも、僕が見守る役目はもう終わりだよ。洋平くんと幸せになりなさい。」
え。
その途端、ブザーが鳴り、バスの扉が閉まった。 ぶうん、と排気ガスを撒き散らし、バスは出発した。 待って、父さん。 バスはどんどん加速していく。全てを確信した。あの男のひとは父さんだった。 泣きたくなったのは、父さんだったからだ。 バスはどんどん小さくなるけれど、わたしは追いかけるのをやめることができない。 本屋の角を曲がった次の瞬間、あっ、と小さく声を出し、わたしは立ち止まってしまった。
バスのタイヤが、地上を離れた。車体が、ふわりと宙に浮いていった。 バスは走りながら、どんどん上昇していく。後部座席の人影も、赤いマフラーも、はっきりと見えた。 バスが見えなくなるその時、後部座席の父さんがこちらを振り返ったように見えた。 バスはそのまま、月に吸い込まれるように消えていった。
バスは行ってしまった。父さんを乗せて、空に帰ってしまった。 父さんは帰ってしまった。 その寂しさと、父さんに会えた嬉しさが、わたしのからだ全体をぐるぐると巡っている。 ありがとう、父さん。最後に会いにきてくれたんだね。小さな声でつぶやいた。 月は、さっきよりも明るさを増したように見えた。 ↓目次 【1】 → 【2】 → 【3】 → 【4】 → 【5】 → 【6】 → 【7】 → 【8】 → 【9】 → 【10】 → 【11】
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