スピッツ歌詞研究室 オリジナル小説
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夜を駆ける [作者:すず]

■二

12月。年末というだけで、街の空気は一気にせわしなくなる。
そんな街の空気に合わせるかのように、仕事も忙しくなる。
(というより、仕事が忙しいから街もせわしない、と言うべきなのかも。)
駅から徒歩8分、5階建てのオフィスビルの3階の小さな部屋。
20人程度の小さな職場だけど、日当たりがよく、ビルの隣に大きな本屋さんがあるこの場所が、わたしは結構好きだ。

「マキさん、お客さんいらしたからお願いねー。」
「マキさん電話ー。内線3番に回すよー。」

マキさんマキさーん、と呼ばれて、わたしはあちこちへ向かう。
荷物を送ったり、顧客からの問い合わせに回答したり、来客の応対をしたり、メールの英訳・和訳をしたり。
一つ一つは簡単でも、事務職とはなかなか頭と体を使うのだな、と就職して初めて知った。
8時過ぎ、最後のお客さんを見送り、メールの返信を終えると、ヴヴッと携帯電話が振動した。
ようちゃんだ。

お疲れ。仕事終わった?金曜だし、よかったらご飯でも行こう。

行く行く。いまから出るよ、と言って、パソコンの電源を切った。
暖かいオフィスから出ると、外気の冷たさにびっくりする。
いそげ、いそげ、と小さく声に出しながら、行き交う人々が溢れる街の中を小走りした。

噴水の前に着くと、ようちゃんがいた。

グレーのコートに、先週買った黒いカシミアのマフラーをぐるぐる巻いている。
カシミアの柔らかさは、ようちゃんの雰囲気にぴったりだ。上質で、ほんわり暖かくて。
寒さのせいで、ようちゃんのすんなりした鼻と、薄い耳たぶが赤くなっていた。
こどもみたいで可愛いなぁ。わたしは少しのあいだ見惚れてしまう。

「お疲れ、ようちゃん。今日もかっこいいよ。新しいマフラー似合うね。」
そう褒めると、ようちゃんは、口の両端を上げて、にっと笑った。
「ありがと。でもあんまり褒めるとつけあがるぞ、俺。」

なはは、と笑って、わたしたちはお気に入りのカフェ「nimari」に向かって歩き出した。
このお店は、注文してから料理が出てくるまでの時間がかかるので、のんびり屋のようちゃん以外とは一緒に行かない。
それか、本を持って一人で行くかのどちらかだ。
白くて軽いドアを開けると、いらっしゃいませ、と言う店長さんの声とともに、橙色の暖かい空気がわたしたちを包んだ。



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