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夜を駆ける [作者:すず]

■九

「そろそろバス停に戻らないと。」男のひとが腕時計を見た。
え、もうそんな時間なのと驚き、わたしも腕時計を見た。

午前一時。

男のひとと、バス停で出会った時間のままだ。

腕時計が止まっているだけだと理解する前に、時が止まったのかと錯覚してしまった。
そんな不思議なことが起きても、今ならそれを不思議だと思わない気がする。
男のひとに、何時ですかと聞くと、一時半だと答えた。
小学校からバス停までは歩いて十分弱だから、もう戻らなくてはいけない。

起き上がり、背中についた校庭の砂を払い落とした。泣いた後なので、顔も頭もぽうっと重くて熱い。
またフェンスをよじ登り、バス停までの道を歩き始めた。

「いい散歩でした。一緒に歩いてくれてありがとう。」

「こちらこそ、誘ってくれてありがとうございます。」

そう言い終わるかどうかの時、男のひとはわたしの手を握った。
突然でびっくりしたが、いやな気持ちはしなかった。
男のひとの手のひらは、びっくりする程に冷たく、羽根のように軽かった。
ずっと外にいたとはいえ、こんなに冷たい手だったなんて。儚くて、消えてしまいそうな手のひらだ。

冷たい手を握りながら、わたしは、この男のひとが好きだとはっきり思った。
ようちゃんのことは好きだけれど、それとはちょっと違う「好き」。
笑った顔や、歩き方や、声のトーン。全てが、わたしの中にすぅっと入ってきた。
運命の赤い糸とか、そういうのではない。
もっと違う、細くてしなやかな糸で、このひとと繋がっているような気がした。

わたしはまた、泣きたい気分になった。でも、もう絶対に泣いちゃいけないと思った。
それを知ってか知らずか、男のひとはわたしの顔を見ず、まっすぐ前を向いている。
わたしも、男のひとの顔は見られなかった。
そのまま、手をつないだまま、夜の海をゆらゆらと泳ぐ魚のように、わたしたちはバス停まで歩いていった。




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