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夜を駆ける [作者:すず]

■六

ようちゃん以外の男のひとと二人で歩くのは久しぶりだ。
しゃくしゃくと、アスファルトを踏む音が、やけに大きく聞こえる。
ここの喫茶店が好きでねとか、昆布はこの乾物屋で買っていましたよとか、男のひととそんな話をして歩いた。
「nimari」の前を通った時、ここによく通っていましたとわたしが言ったら、男のひとも、僕もよく行きましたよ、と言った。
「若い女性のお客さんが多いから、ちょっと恥ずかしかったですけどねぇ。でもここは、カプチーノの泡のきめ細かさが最高で。」
え、泡に惚れこんだんですか。思わず笑ってしまった。
わたしもようちゃんも、専らブラックばかり頼んでいたので、カプチーノも頼んでみればよかったなぁと少し悔やんだ。

無人の横断歩道で青信号を渡り(この男のひとも、常に信号はきっちり守る人であった)右折してしばらく歩くと、細い道に入っていった。
こんな方へは滅多に来ないけれど、なんだか見覚えのある道だ。
夜露で湿った土を踏みながら進んだ。道の両脇には草が茂っている。青い匂いがする小道だ。
ひび割れた空っぽの白いプランターが、暗闇にぼんやりと浮かんでいる。
暗いから気をつけて。わたしの前を歩く男のひとが、時々そう声をかけてくれた。

そのまましばらく歩いていくと、フェンスに突き当たった。
緑色の金網の、ところどころ錆びているフェンス。
見覚えがあるそれは、わたしが通った小学校のフェンスだった。
そうだ、もう何年もこの道を歩いていなかったが、小学校に続く裏道だったんだ。
金網の隙間から、切り株のベンチと校庭が見える。懐かしさで鼻の奥がつんとした。
欅の木が、風に吹かれてざわざわとさわいだ。

わたし、ここに通っていたんです。懐かしい。

そうつぶやくと、男のひとは、僕の子供もここに通っていましたよ、と目を細めて言った。

子供がいることを初めて知った。これから奥さんと二人暮らしだと話していたから、子供はいないと思っていた。
何か事情があるのかなと考えると、子供のことを聞くのは憚られた。

少しの沈黙の後、男のひとはわたしを見て、いたずらっぽく笑った。

「ちょっと、入ってみましょう。」

そう言って、金網にかしゃりと手を掛けた。そして、バッグを肩に掛けて、軽々とフェンスを越えてしまった。
こどもみたいな人だなぁと思い、驚きながら、わたしもフェンスをよじ登った。
たん、と向こう側に飛び降りると、衝撃で足がじんとしびれた。
こんな事をしているなんて、わたしもこどもみたいだという気がして、おかしな気分になった。
ふふふと笑うと、男のひとも笑った。
いけない秘密を共有したときの、怖いけど少しわくわくした感覚。こんな気持ちは久しぶりだった。




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