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冷たい頬 [作者:那音]

■2

  僕は人生のだいぶ早い時期から、彼女に恋をしていた。
  彼女は常に明るく活発で、いつも男の子に混ざって遊んではよく笑い、時には怒ったり泣いたりしていた。
  喜怒哀楽をどこまでも素直に表し、言いたいことはきっぱりと言いだけど他人のことを誰よりも思っていた彼女。
  まるで採れたての瑞々しい果実のような彼女には、人間の根本的な部分の美しさがあることを、
  彼女の一番近くにいた僕は誰よりもよくわかっていた。
  だから僕は、あんなにも早い時期から彼女に恋していたんだと思う。
  だけど僕は、この気持ちを一度だって彼女に伝えたことはない。
  あまりの近さ故か、彼女が僕を恋愛対象としてみることが出来ないことを、
  皮肉なことに彼女の一番近くにいる僕が、よくわかっていたのだから。

「あとね、アクセサリーと、ブーツと、あそうそう、大きな鞄もほしいの」

  隣で話す彼女の声に耳を傾けながら、僕は適当に相槌を打つ。

「それでね、……って人の話聞いてるの?」

「聞いてるよ」

「じゃあ私が何ほしいって言ったか言える?」

「言えるよ。大きい鞄だろ、ブーツだろ、……あれ? もう一つなんだっけ?」

「ほら! 聞いてないじゃない!」

「三つ中二つ言えたんだからいいだろー」

  こうやってじゃれあうのはいつものことで、そして僕はふと考えるのだ。
  端から見れば、僕たちは恋人同士のように見えるのだろうか。
  僕が彼女の恋人になることはない。だけどいつの日か、僕と彼女が恋人同士になることを夢見たことがないと言ったら、それは嘘になる。
  母からはきょうだいみたいね、と言われたことがある。兄妹なのか姉弟なのかはわからないけれど、僕もそう思う。
  こうやって何の遠慮も無く背中を叩き合いながら笑える関係は、恋人というよりはきょうだいに似ている。
  でも人の目にはもしかしたら恋人同士に見えるかもしれなくて、なんだかその時だけは、恋人同士という架空の日々に届きそうな気がした。
  いつか。いつか。こうやって猫のようにじゃれあっているうちに、いつだって夢見てた架空の日々に届くんじゃないかと、
  僕はいつだってそんなことを思っているんだ。

「あ、あそこの服屋いい感じ! 入ろっ!」

「鞄とブーツとアクセサリーは?」

「それはあとでっ!」

  彼女は笑いながら先に店内に入ってしまって、僕は苦笑しつつまた彼女の後を追う。
  でも。
  でも僕は彼女の恋人になれないことを知っていて、だから僕はいつも、架空の日々を思うたびに空しくなる。
  それでも僕は彼女を追いかけるのだ。
  空しさに少しずつ壊れながら、それでも。



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