冷たい頬 [作者:那音]
■5
白詰草の花言葉は“私を思ってください”
だから僕は、いつしか白詰草に祈っていた。
――僕を思ってください。
そう、幼い頃からずっと、いつだって祈っていた。
でも、それももう、終わり。
「じゃあ、今日は本当にありがとうね。ゆうくん」
彼女はたくさんの荷物をタクシーに乗せて、そして自分もタクシーで帰路につくところだった。
「……ああ。僕も楽しかったよ」
僕はそんな彼女を、道端で見送る。
「結婚式、また日程決まってないんだけど、決まったらすぐ招待状出すから。ゆうくんにはね、絶対出てほしいの。結婚式」
「……うん。絶対出るよ」
それから、ずっと彼女を追いかけていた今までの日々も。
もう全部が終わりで、全部に……さよならだ。
「じゃあね、ゆうくん。できたらまた、付き合ってね」
「うん。僕でよければ、いつでも」
「ありがと、ゆうくん。ばいばい」
「……ばいばい」
そうして彼女はタクシーに乗り込みタクシーはあっという間に走り出して、彼女は、去っていった。
さよなら、僕の白詰草。
さよなら、今までの日々。
さよなら……愛しい君。
僕はずっと彼女を見送って、タクシーが見えなくなってもずっとそこに立っていた。
ふ、と。
ぽつり、と頬に水滴が当たった。
それはぽつり、ぽつりと落ちてきて、やがて静かな雨になる。
僕は、それでもそこから動かないでいた。
さよなら。さよなら。
雨に濡れて小さくそう呟きながら、僕は涙を隠してくれる世界の優しさに、感謝した。
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