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冷たい頬 [作者:那音]

■3

  例えば。
  木の上に秘密基地を作ろうとして木の天辺から落ちたり、川で遊んでいたらいつの間にか中州に取り残されていたり、
  山でウサギを夢中になって追いかけて遭難しかけたり、一歩も外に出れないような大雪の日にこっそり家を抜け出して雪崩に巻き込まれかけたり、
  空家で遊び疲れて眠ってしまって行方不明扱いされて町中大騒ぎになったり、旅に出るんだ、
  と意気込んで初めて電車に乗りすぐに迷子になって警察のお世話になったり。
  僕が過去に経験したそれらの全てが彼女の発案で、止めるのも聞かずに飛び出していく彼女を心配してついていった僕も、
  そうして彼女と一緒に両親に怒られたんだっけ。
  幼い頃からそんな感じで、大きくなってからはそんなことはなくなってきたのだけれど、相変わらず僕は彼女に振り回されっぱなしで。
  結局あのあと彼女は鞄を買うのに三つの店を回り、アクセサリーは二件、ブーツにいたっては五件もの店を引っ張り回されて、
  さすがに彼女は僕に気を使ってか、洒落たオープンカフェに入った。
  でも目の前で美味しそうにスイーツを頬張る彼女を見ていると、ここに入ったのも僕に気を使ったんじゃなくて、
  単に彼女がここのスイーツを食べたかっただけなんじゃないかと思ってしまう。

「あのね、ゆうくん」

「……うん?」

  指に付いたクリームを舐めつつ彼女は話を切り出して、

「実は、今日はゆうくんに伝えたいことがあって買い物に付き合ってもらったの」

  ――いつもより真面目な顔をした彼女に、少しだけ驚く。

「……何?」

  彼女がそういう顔をする時。
  それは恋愛感情を伴ったことを話すときなのだと、僕は知っていた。
  期待していないと言ったら、嘘になる。
  僕が彼女の恋人になることは出来ないと、幼い頃から僕はよくわかっている。
  でも、もしかしたら。もしかしたら。

「あのね、私」

  夢見た架空の日々に届くのではないかと――



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