花泥棒 [作者:優]
■8
「何しにきたの?一人にしてって言ったでしょ」
ムッとした声で秀の前の人影、玲奈が答えた。秀はそれに何も返さず、店長から受け取ったタオルを玲奈の頭にかぶせた。
「何時間ここにいたんですか。一人で。もう十分ですよ。
…ほら、雨でビショビショじゃないですか。これで拭いてください。風邪引きますよ。
身体は大事にしないと…あ、パンもありますけど。いります?」
「…」
「玲奈さん?」
「…どうしたの?いつもは無口なのに」
「はは、そうですね。こんなに話すのは久しぶりです。夢のおかげですかね」
「夢?…どんな?」
「なんでもない夢ですよ。ただ…俺は…追いかけて、追いかけて、走り回っているのが似合ってるってことです」
「…誰を?」
その質問に秀は困ったような笑顔で知ってるくせに、と返した。
そしてそばに咲いていた、小さく白い花を摘んで玲奈に差し出す。
「今日の分です。昼にいらないって言ってたけど、一応どうぞ。きれいですよ」
「…貰っておくわ。でも本当にどうしたの?堂々としてて気持ち悪いわ」
気持ち悪い、ときっぱり言われた秀はただ苦笑いするしかなかった。
玲奈は小さくため息をつく。秀は気がついていなかったが、その顔には笑顔が浮かんでいた。
「まぁ、いいわ。もう帰りましょう」
そう言って玲奈は秀の横をすりぬけた。
秀もそうですね、と言い玲奈の後をついていく。
(さっき見た夢と同じだ)
ふと秀はそう思った。
前を行く玲奈を追いかける自分。夢の中の自分は何だか楽しげだった。
実際どんな気持ちだったのかは忘れてしまったが。
今、自分はこの状況を楽しんでいるだろうか。
答えはぱっと出てこなかったが、少なからず心は晴れている気がした。
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