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花泥棒  [作者:優]

■5

秀はしばらく天井を見つめていた。
頭の中がスッキリしない秀の口から、深いため息が漏れた。

「店長、しばらく上を借りてもいいかな。寝てスッキリしたいんだ。」

この建物は一階が花屋、二階が店長の生活スペースとなっている。
部屋がいくつもある中、一つだけ家具がほとんどない部屋がある。
独り立ちした店長の息子が使っていたこの部屋は、今では秀の休憩場所となっていた。

「そろそろ家賃を取らにゃぁ。」

店長は笑いながら承諾する。
秀は笑いながらノロノロと椅子から立ち上がり、カウンターの奥にある階段へと向かった。


秀は階段を上がってすぐ右にある部屋へと入る。部屋にはたたまれた敷き布団と小さな学習机が置いてある。
秀はそれらを横切り、入り口の正面にある窓に近づいた。
そこには秀が育てているカトレアがあった。それを見て秀は本日何度目かのため息をついた。

「…しょげてんなぁ…。」

そう言った秀の目の前のカトレアはしゅん、とうなだれるように元気がない。

「ここでカトレア育てた、店長の息子さんと同じ育て方なんだけど…。お前ガッツがないんじゃないかぁ…。」

ブツブツと不満を漏らしていると、窓に何か当たる音がした。
秀が窓を開けると、薄暗い雲が見えた。雨が降ってきたのだ。

「…ちぇっ。降るのは明日だと思ったのに。」

誰も聞いていないのに、自分の予想が外れた恥ずかしさを声に出す。

しと、しと

あまり強くない雨のようなので、この雨音を子守歌代わりにして秀は眠ることにした。
布団に入って目を閉じると、雨の音がより鮮明に聞こえる。
やがて秀はその優しい音とともに、眠りの世界へと落ちていった。



――しと、しと

現実のように優しい雨が降る、暗い空間の中に秀は立っていた。前方に秀の前を横切るようにして歩く一人の人物がいる。
背格好からは男性だと認識できるが、傘を差しているため顔は分からない。
秀はその人物の近くまで駆け寄ったが、男が気づく気配は無い。
この夢の中での秀は、ただ傍観することしか出来ない部外者なのだろう。

パシャン

ふと、その男が足を止めた。足を半歩前に出した状態で固まっている。
秀が首を傾げ男の向く方角を見ると、椿の花が見えた。その傍らに女性が立っている。
女性は傘を差しておらず、身体はぐっしょりと濡れていた。

「あッ」

驚きが口に出てしまった秀は、慌てて口を押さえる。が、その女性も隣にいる男も反応しない。

しばらくして落ち着いた秀は、ゆっくりと男の前に出る。男の顔を確認すると手を下ろした。

(やっぱり、そうか。)

予想が当たり、ため息が出る。
秀の目の前にいる男は、まぎれもなく秀だった。
夢の中の秀は目を少し見開き、秀の奥の人物を見ている。秀には、その視線の先にいる人物も予想がついていた。

(懐かしいというか、複雑というか…)

秀はポリポリと頭を掻く。
この夢は、秀と玲奈が初めて出会ったときを再現しようとしていた。



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