スピッツの曲にまつわるオリジナル小説

インディゴ地平線 (作者:優)

インディゴ地平線 【13】

ひどい砂嵐の中、はぐれないようにと一本のロープを手に持ち、ルディ
と一列になって町の外を目指した。

「夜明けまでに町を出て、なるべく遠くへ…西へ西へと進もう」
「…わかった」
「もし途中で疲れたらこのロープを引いて合図してくれたら、俺が
おんぶでも何でもしてやるから」

冗談を言って笑うルディに大丈夫、と言うがいざ歩き出すととても不安
になった。
どんなに強くこのロープを握りしめていても、その先のルディがふっと
消えてしまいそうで。いつの間にか切れたロープだけがあたしに残りそ
うで。
そんな不安からか、目に砂が入ったのか、それとも心のどこかにひっか
かる町を逃げ出すことへの罪悪感からなのか、あたしの目からは絶えず
涙が零れていた。
ぼんやりとゆがんだ景色の中で、ルディの背中だけを追いかけた。


あの日から何日が経ったのか分からない。
ルディとあたしは砂漠をひたすら歩いている。

あたしの育った町の姿はすっかり見えなくなり、鼻の奥に残っていた火
薬の臭いもほとんどしなくなっていた。

―――あの町はどうなったのだろう。
青い瞳の英雄が急に消えた町。勝機など残っていたのだろうか。ルディ
とあたしが消えたことに彼らは気付いたのだろうか。
町を見捨てたクズだと罵り、恨んだだろうか。

考えても仕方ないことばかりが頭を巡るのは、この暑さに参っているか
らかもしれない。
頬を伝う汗を拭うと、前を歩くルディから声がかかる。

「シャロ、あそこに大きな岩がある。そこで少し休もう」
「うん。ありがとう」

振り返ることなく頑張ってと言う彼の背中は、町から逃げ出した時と同
じようにとても大きく見えた。
迷うことなく砂漠を進む後ろ姿に、そっとつまずいたフリをしておでこ
をぶつける。驚いたルディは足を止めたがあたしはおでこを離さず、さ
らに体重をかけていく。

(あたたかい…)

前を向いたままのルディの体温が触れた部分からあたしの全身を巡って
いくような感覚。
暑くてたまらないはずなのにこのぬくもりはとても心地良く、先程まで
頭にあったあの町のこともすっと流してくれた気がした。

この気持ちは、なんだろう。
あの町で過ごしていた時に感じた、胸がきゅうと締め付けられるような
ものとは違う。失くした宝物をやっと見つけたときのような安心感が
胸に広がっているようだ。

「…シャロ。お疲れなのはわかるけど、残念ながらおんぶは町を出ると
きだけの期間限定サービスだったから」

使用しなかったシャロが悪いんだよ、とルディが笑う。あたしもおでこ
に伝わる振動に合わせて笑った。
おでこを離すとルディは振り向き「行こうか」とあたしを促した。
優しく微笑む青い瞳に、黙って頷く。

(もう少しあのままでいたかった、なんて言っても駄目よね)

きっと彼はその要求をかわしてしまうから。
あたしを傷付けないように、優しく、笑いながら。
言葉にしていないのに相手に伝わってしまった恋は、とても切ない。
いっそはっきり言って玉砕してしまうか、諦めてしまうか、それが出
来たら楽なのにあたしにはどちらもできない。

ねえルディ。
あなたはその大きな背中で、あたしの体温を感じてくれましたか?
胸に何か温かいものはひろがりましたか?



―――あなたは、どうしてあたしと一緒に逃げたくれたのですか?



言えない言葉を飲み込むと、なぜか苦味を感じた。

優 著