スピッツの曲にまつわるオリジナル小説

インディゴ地平線 (作者:優)

インディゴ地平線 【11】

その日の夜はとても風が冷たかった。
雲のない夜空には明るい月が浮かび地面は美しく照らされている。しかしこ
の張り詰めたような空気の冷たさが町の人々を不安にさせている。
町に残った全員が避難所で身を小さくし寄り添いながら戦争の勝利を願って
いた。

「こんな戦争が早く終わりますように」
「安心して目を閉じて眠れますように」
「オアシスを守れますように」
「どうか息子が無事帰ってきますように」

小さく紡がれるそれらの願いに耳を傾けながらあたしはそっと目を閉じる。
暗闇に浮かぶのは戦争が始まる前のルディの笑顔。
全ての不安を一気に取り払ってくれるかのような眩しいあの笑顔に少し口元
が緩むのがわかる。太陽よりも眩しく温かいあの笑顔に何度救われたことだ
ろう。
忘れていた笑い方も感情の出し方もルディが教えてくれた。まだルディ以外
には心を開けていないけれどこれはあたしにとって大きな進歩だ。
まだまだ教えてほしいことがたくさんある。ルディくらい眩しく笑えるよう
になりたい。
だから、

「早く戻ってきて…」

それだけがあたしの願い。
戦争に負けてオアシスを奪われてもいいから無事に戻ってきて。
ルディが傍にいてくれるならあたしは…

「何の音…?」
「え?」

ふと隣で聞こえた声に目を開けると、あたしを引き取ってくれた女性が体を
起こし不安そうに辺りを見渡していた。
どうしたのと聞けば「何か爆発するような音がする」と言う。あたしも耳を
澄ませたが、町人の勝利を願う呟きと恐怖ですすり泣くような風の音しか聞
こえない。

「…きっとおばさんの気のせいよ。不安だから風の音がそう聞こえるのよ」
「いいえ、違うわ…。聞いたことがある…間違いなく爆発の音よ…!」
「聞いたことがある…?」

おばさんの言葉を反芻し首を傾げると同時に外で轟音が響いた。ぐらぐらと
揺れる避難所がどよめきに包まれる。
静かだった空間が一気に騒がしくなり、みんなの不安が膨らんでいくのがわ
かる。

「来た…タラの奴らだわ!」

おばさんのこの言葉をきっかけに不安が爆発する。
眠っていた人も怖がる子供をあやしていた人も叫びながら外に駆け出した。

「だ、だめ!外に出たら危ないわ!」

みんなで固まっていないとと言うあたしの声は恐怖の声にかき消され誰にも
届かない。怖い助けてと泣き叫ぶ声があたしの横を走り去っていく。
どこにも安全な場所なんて無いのに、みんなどこに行こうとしているのだろ
う。この恐怖を和らげる場所なんて、どこに…。

「シャロ」

恐怖の音に包まれ茫然としていたあたしの背後で聞きなれた声が聞こえた。
未だ叫び声が木霊する中やけに聞こえたその声は

「…ルディ…?」
「当たり」

彼のもので間違いなかった。

「どうしてルディがここに…?」

昼間ルディが言っていたタラの本拠地は、少なく見積もってもここから十q
以上離れたところにあると聞いた。どちらも戦争の疲労が大きいとはいえこ
んなに戦闘が早く終わるわけないし、終わったとしても戻ってくるには早す
ぎる…。

「戦いが始まった直後、こっそり抜け出してきた」
「…え、」
「逃げたんだ」

人混みをかき分けながらルディが近付いてくる。
顔を隠すように大きなマントを頭から被っているがその下からは笑顔が見え
ていた。

「な、なんで…」
「俺はさ、こんなところで死にたくはないんだよ。だから逃げた」

信じられないルディの言葉に心臓の音が早くなる。

「シャロ」
「……!」

そんなこと知らないルディはあたしの目の前まで来ると更に笑みを深くして
言った。





「一緒にこの町から逃げよう」

優 著