スピッツの曲にまつわるオリジナル小説

インディゴ地平線 (作者:優)

インディゴ地平線 【9】

あれから戦争はあっと言う間に激しさを増した。
毎日のようにどこかで爆音が鳴り、地面が揺れる日々。戦いに出ている男達
は次々に命を落とし、町に残る女子供達も戦争への恐怖と不安からどんどん
体力が落ちていった。
しかしこんな状況の中でもルディは明るく振る舞い町の人々を元気付けた。
また、ルディはこの町の男の誰よりも戦いが上手く、数々のピンチを脱して
きたと聞いた。「ルディがいる限りこの町は絶対に負けない」と言う人もい
る程だった。

「シャロ、どうした?」

ふと聞こえた声に我に返ると、乾いたパンを持ったルディがこちらを見てい
た。
あたし達がいるのは避難所より少し東にある小さな廃屋。数日前タラによっ
て受けた爆弾で天井も壁も殆ど無くなってしまった所だ。

「ううん、何でもないの」
「そう?久しぶりに会ったんだから、もっと笑ってよ」

あと数時間で俺行かなきゃいけないからさ。
そう言って悪戯っぽく笑うルディにごめんねと呟く。

彼は時々戦争の合間にあたしの様子を見に町に戻ってくることがあった。
町の状態を確認するためもあるのだが、あたしのことが心配らしい。「だっ
てシャロには俺が付いていないと駄目だろ?」とからかうように言った彼を
思い出す。
あたしにとって彼が時々姿を見せてくれるのは本当に心の支えになってい
た。あの瞳とあの笑顔を見る度に胸が熱くなるのだ。しかし同時に悲しくな
る。

「ねぇルディ」
「ん?」
「あたし、本当はルディに戦って欲しくない…」
「…」

彼が生きてここに戻ってくるということは、彼が人の命を奪ってきたという
こと。戦争が起きているこの状況で何を言っているのだと批判を受けそうだ
が、あたしはどうしてもその事実が嫌だった。

「…俺、火薬とか血の臭いする?」

彼の問い掛けに僅かに頷くと、彼は申し訳なさそうに「そうか」と呟き少し
離れた風下に移動した。
あたしは、この戦争に使われる火薬の臭いと血の色が大嫌いだった。
勿論誰も好きなものではないだろうが、あたしはそれ以上に嫌いなのだ。何
か嫌なことを思い出しそうな予感がして吐き気がする。戦場から帰ってくる
度に、彼の身体にまとわりつくその死の臭いは強くなり、今では彼と離れて
いてもそれが鼻につく。

彼に少しでも近付きたいのに、それができない。その歯がゆさにあたしはた
だ唇を噛むことしかできないのだ。

「なぁシャロ。…遠い国の話をしようか」
「え?」

重い雰囲気に包まれた中聞こえた言葉に顔をあげる。ルディは戦争が始まる
前のような、穏やかな優しい笑みを浮かべていて、あたしも一瞬戦争という
言葉を忘れそうになった。

「遠い、国?」
「そう。ここよりももっともっと遠く、西へ歩いた場所にある」

西といえばルディが来た方角だ。ずっと聞けなかった彼の故郷について聞け
るかもしれないと思い期待に胸を膨らます。彼はそんなあたしを見て少し笑
うと、空を仰ぎぽつりぽつりと話し始めた。

「シャロは、地平線を見たことがある?」
「遠くで砂漠と空が交わっているところでしょ?町を出たらいくらでも見れ
るわ」
「うん、そうだね。…じゃあ、青と青がまわった地平線は見たことある?」
「青と、青が?」
「そう。空ともう一つの青がまざるんだ。砂漠の色とは全く違う、けれど空
の色とも少し違う青」
「へぇ…!そんな景色がその国にはあるの?」

あたしが浮かれた声を出すとルディは少し驚いたようにあたしを見た。こん
なにあたしが食い付くとは思っていなかったのかもしれない。彼の青い瞳が
嬉しそうに揺れる。

「あるよ。…いつかシャロにも見せたいと思ってるんだ。心が洗われるよう
な、本当に綺麗なものだから」

そのためにも早くこの戦争を終わらせたいな、と付け加えた彼に、あたしは
「うん」と返すことしかできなかった。

優 著